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ハロプロ・Juice=Juiceがケータイを語る 「オンラインゲームで見知らぬ人と…」

ケータイとハロプロの歴史を振り返る

1988年、IDO(当時)からショルダーフォンが発売され、auケータイの歴史は始まりました。緊急時にでも連絡が取れるツールとしてコミュニケーションのあり方を劇的に変え、また当時は社会的地位の高いおじさまたちのステータス(?)としても認知されていました。それが、たった10年後には“若者のコミュニケーションツール”へと進化していったのです。

ちょうどその頃にハロー!プロジェクトが誕生。のちに日本アイドル界の中核をなす一大ムーブメントへと発展します。

2018年、ショルダーフォン登場から30年を迎えたauと、20周年を迎えたハロー!プロジェクトがコラボレーション。ケータイの進化の歴史を現役ハロプロメンバー総勢46名と振り返る「auハロプロケータイ図鑑」を公開しました。

もっと知りたい
auハロプロケータイ図鑑

そこで「TIME & SPACE」では、全6回にわたって各グループの「ケータイ座談会」をお届けします。「ケータイとわたし」をテーマに、みっちりお話し聞いてきました。

今回はJuice=Juiceから宮崎由加さん、金澤朋子さん、梁川奈々美さん、段原瑠々さんの4名が登場!

マイ・ファーストケータイの思い出を語るJuice=Juice・宮崎由加、金澤朋子、梁川奈々美、段原瑠々、こぶしファクトリーの5人
座談会に参加してくれたJuice=Juiceのメンバーは、リーダーの宮崎由加さん、金澤朋子さん、梁川奈々美さん、段原瑠々さん(写真左から)

目の前に並んだ古いケータイたちや、過去のauケータイが一覧できる「auケータイ図鑑」ウェブサイトを見ながら徐々に振り返りモード。とくに宮崎さん「私が使ってたヤツ絶対、ある!」なんて気合いを入れてPCのディスプレイを凝視していますよ。

Juice=Juiceのマイ・ファーストケータイ

――宮崎さんのファーストケータイありました?

宮崎「これですね! 2006年かな。「Sweets pure by SANYO」……あ、違う! これ妹だ(笑)。ホントはこれがほしかったんですけど、妹がこれにしたから「じゃあ、私はもっと大人っぽいのにする!」って(笑)。」

2006年発売、宮崎由加の“妹”のファーストケータイ「Sweets pure by SANYO」
2006年発売、“宮崎由加さんの妹さん”のファーストケータイ「Sweets pure by SANYO

――お姉ちゃんだし?

宮崎「お姉ちゃんだし! ちょうどワンセグケータイが流行り始めて父が2台持ちし始めたんで「塾からの“帰るコール”したいから私が1台持っててあげるね!」って、奪ったんだった。」

――じゃあ大人っぽいというより、お父さんっぽいヤツですね。

宮崎「たしかホワイトの二つ折りで、開いた後に片方がクルって1回転するタイプでしたね。」

梁川「私も塾からの“帰るコール”きっかけでした。2011年、小学4年生のとき、水色のキッズ向けケータイ。」

――塾とか習いごとって、ケータイデビューの王道ですよね。

梁川「ですよねー。友だちもそれで持ち始めてたんですけど、ホントに親としか話してなかったです。友だち同士で通話したりメールしたりするようになったのは中学以降でした。」

金澤「私のケータイデビューは中1だったな。うちの家庭内ルールで「中学になったらケータイを与える」みたいなのがあって、それに則って支給されました(笑)。でも特にうれしいとかいう感じでもなかったですね。」

段原「えー、私はめちゃくちゃケータイほしかったですよ! 小2ぐらいから周りが持ち始めてて、待ち合わせの電話とかするのを見て「カッコイイなあ!」って思って。親にねだったんですけど、お姉ちゃんが持ったのが小4だったので「待ちなさい」って。それで小4になった瞬間に買いに行きました(笑)。」

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