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女の呪縛をぶちやぶる友情物語〜柚木麻子『デートクレンジング』

女の呪縛をぶちやぶる友情物語〜柚木麻子『デートクレンジング』

 アイドルというものの定義についてちょっと考えてみたい。一般的には、かわいくて(あるいはかっこよくて)若い芸能人、ということなのだろうが、”50代になっても少年隊””還暦を過ぎてもビリー・アイドル”みたいな人々もいる。最近亡くなったヒデキ、そして聖子ちゃんや薬師丸ひろ子さんなどは、デビューから何十年とたった現在でもアイドルと形容するしかないだろう。もちろん、上に挙げたみなさんは驚異的に美貌を保っておられて若々しくはあるが、年齢的なことだけでいえば決して”若い”わけではない。それではここで、本文から一部抜粋してみよう。「時間を止めることができる人は、アイドル」。なるほど、しっくりくる。

 本書の主人公は、35歳・5年前に結婚・夫の母親が切り盛りしている喫茶店を週5日ほど手伝う佐知子。結婚2年目に子どもができにくい体質であることが判明し、妊活中。その佐知子にとってのアイドル的な存在であるのが、大学時代からの親友・実花だ。知り合った当時の実花は、自分でもアイドルを目指してオーディションを受けまくったものの叶わず、しかしそこで培った人脈などを活かして好きなアイドルたちを追いかけるのに夢中だった。初めて二人が言葉を交わしたとき、「こんなに可愛いのに、それを上手く利用して楽に生きようという小賢しさがまったくない」実花に対して、驚くばかりだった佐知子。大学卒業後、佐知子は栄養士として働き、実花は新卒で入社した会社を三年で辞めて芸能事務所に転職し新ユニットのマネージャーとなる。その新ユニットとして集められた5人の美少女たちが、「デートクレンジング」だ。渡辺優さんの『地下にうごめく星』や小林早代子さんの『くたばれ地下アイドル』といったアイドルについて描かれた小説が最近相次いで刊行されているが、本書もそう。この小説は、アイドルに熱を上げるという厳密な意味でのオタ(ヲタ?)とはいえないものの、対象が親友であるだけでその挙動はアイドルオタクに通じる佐知子という人物の視点で描かれている。

 さて、デートをクレンジングするとは、どういうことだろうか。グループの命名をしたのは実花本人で、「デートクレンズ」という言葉に由来している。「アメリカの造語」で、「女の人はデートをしない時期を意識的に作ろうって意味」だそう。すなわち、アメリカではカップルでいることが前提の文化があり、「一人でいるくらいならどんな相手とでもデートした方がまだまし」という刷り込みのようなものがある。しかしそんな交際を続けていても迷走するだけであって、それだったらあえてデート断ちをし自分の心がほんとうに求めていることをすればいい、ということのようだ。「男に評価されなければ女は無価値」的な日本でもはびこる旧弊な考え方に縛られないガールズグループを作りたいという実花の願いを、明確に打ち出したネーミングといえるだろう。デートクレンジングのキャッチフレーズは「デートの呪いをぶっつぶせ」、そしてデビュー曲は「デートをぶっつぶせ!」というタイトルだった。知名度としてはあまり高くないものの「媚びがなくスキル重視」で一部では熱狂的なファンが存在したこのグループはしかし、結成10年目をもって解散、センターの前田春香は引退を表明。そして、デークレを支え続けた実花は突然、佐知子に”結婚したいから相手を紹介してくれ”と言い出した…。

 実は今月25日に、青山ブックセンター本店で行われた柚木さんのトークイベントに参加してきた。「女を縛る呪いをぶちやぶれ!」と銘打たれた催しに集まったのは、大半は女性だったが男性もちらほら。特徴的だなと思ったのは、ほとんどの方々が何かしらのオタクであるということ。冒頭で柚木さんの「ハロプロのオタの方、いらっしゃいますか?」「ジャニオタの方は?」(中略)「それ以外のオタの方〜?」という問いかけに、参加者が挙手する方式で判明した。私自身はどれにも当てはまらない無粋な客であったが(「現在気になるアイドルなどはいますか?」のアンケート項目に、「藤井七段」と書いてきてしまいました)、これまでに訪れた書店や出版社のイベントでは登場する作家の熱心なファンであったり本好きであったりという方がほとんどだったと思うので、たいへん新鮮な経験だった。心に残った柚木さんの言葉をすべて書き出していたらレビューではなく議事録のようになってしまうので(その方がおもしろいという可能性もありますけど…)、最も印象的だったものを本文の表現を使ってひとつだけ挙げる。「感情に従って何かに心ゆくまでのめりこむことが、理不尽な世の中に対抗する唯一の手段」、つまりオタクのやり方を採用すればいいということ。

 女の子はこうあるべき、結婚したいならこうするべき、結婚したら夫や子どもに尽くすべき…こういった固定観念から完全に自由になれたらずいぶんと生きやすくなるだろう。そしてそれは、男性を救うことにもつながる気がする。オタクのように自分の信じるところに従って邁進することによって(もちろん間違っていたり他人を傷つけたりするようなことがあったら修正は必要だとしても)、お互いがお互いのやり方を認めるようになれるといい。実花の「本気で結婚したい」宣言や彼女の婚活仲間・芝田さんの出現などにより少々ぎくしゃくした親友同士も、再びなかよしになれるのか。デビュー以来女子同士の関係性を書き続けてこられた柚木さんの、新たなる友情物語に私たちはまた教えられた。意見の衝突があったり、結婚や出産で行動範囲が変わったり、友だちであってもそのときどきですれ違ってしまうことはある。それでもお互いの間にほんとうの友情があれば、いずれまた楽しい時間を共有できるようになるのだ。最近「週刊朝日」でスタートした「マジカルグランマ」という連載小説では、柚木さんは70代のヒロイン(モデルは『赤毛のアン』のマリラ)や彼女が憧れる80代女性を登場させておられるとのこと。いくつになっても「私たちには友情がある!」(←女同士はいうまでもなく、男女間でも男同士も)と思わせてください、柚木先生!

(松井ゆかり)

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