闇金融にやってくるありえない債務者たち!
「ああ、じゃあ、この子の年金でお願いしますわ! それやったらね、安心でしょ。ね、ねぇ」
パッと笑顔が戻って、オバハンに媚びる感じがなくなる。当然のように書類を作れと言ってきた。娘はやっぱり……。まったく、どういう神経や。
「じゃあ、ウチは10日に2割。先引きもさせてもらいますし」
10日に2割の利息、先に利息の方を差し引いた金額を客に渡す。実質2割5分の金利がとれる。だいたいの客は、頭が悪いので計算ができない。銭勘定できないから、借金を作るのだが…。
「へえ。お願いしますわ」
「それやったら奥さん。娘さんの年金手帳と振り込まれる通帳、預かりまひょか…」
横柄に化粧直しをしだす、オバハンの動きが止まった。
「い、いや、お、落としてしもて」
「帰れ! どっかの店の担保に入れとんのやろ!」
オレが怒鳴ると、オバハンは鬼のような形相で、隣に座っている娘の頭をゴツリゴツリと殴りはじめた。
「アンタのせいや! アンタのせいで、ニイちゃん、貸してくれへんやないの! あんたがパン屋であんなモンしか稼げへんから!」
拳で娘を殴打する母親の姿にベテランのオレでも、正直、引いた。声すら上げない娘はフラフラになっている。その時、様子を窺っていた責任者の伊藤さんが一喝した。
「クソガキ殴るんやったら、表で思う存分やりさらせ!」
大手企業『Z』社員の犯罪
いちばん、脳裏にこびりついているのはこれだ。平成14年に大手企業が運営する会社が食品衛生法で禁止されている添加物を使用してた事件。
間接的にオレにも関係がある。
平成12年ウチに金を借りにきたパリッと仕立てのよいスーツを着た50代の紳士的な男・近田弘明。
大阪に本社のあるZ事業部で製造責任者をやっているという。堅実にやっていれば、ウチみたいな高利貸しを頼るようなことはないはず。家族は妻と子供二人。
「いやあ、若い女に入れあげてまいましてねぇ……」
色ボケしたってわけか、おっさんもよくやるわ……。オレはいつも通り、健康保険証、社員証のコピーをとり、携帯電話のデータをパソコンに入力した。
近田はそれからも毎月のようにウチを利用して、気軽に世間話を交すようになる。自分の会社の商品を手土産に持って。
しかし付き合いが長くなるほど、債務者である近田の首はだんだんと絞まってくる。長い付き合いができないのが、この稼業だ。
「近田さん、大丈夫でっか? しんどなってはるんちゃいますの?」
「大丈夫、それが大丈夫なんですわ。今さえ乗り切れば、なんとかなる希望の光が見えてきたというか…」
十数回の付き合いになっていた近田は笑顔で自身ありげに答えた。万馬券でも当たったか、遺産でもおりてきたのか? あまりの自信にオレはキナ臭さを感じた。もう一年が過ぎている。いつパンクして首をくくってもおかしくないはずだ。
「すんません、飯塚さん。ちょっと女にモノ買うてやりたいんで、ちょっと増額してもらえまへんか?」
いつも10万ほど借りて、返済が滞ったことはない。きちんきちんと判を押したようなこの男に裏切られたことはないのだ。
オレは近田を信用し、20万を貸し付けてやった。
それから返済日まで、近田は海外出張にでかけるようだった。
笑顔の近田が事務所を訪れ、気持ちよく全額弁済した。しかもその金の上に“お礼”と書かれた封筒が載っている。
「おおきに。助かりましたわ、ホンマに。飯塚さんにはお礼させてもらいます。もう、お世話になることもないと思うし…」
お世話にならない? どういうことだ? オレは封筒を受け取り、中身を確認した。10万。なんでこんなに…。不思議と金が湧き出る近田が不審に思えて仕方なかったオレは、さり気なく訊ねてみた。
「近田さん、どうしはったん? どっか出張?」
「ええ、中国行ってました。商品開発の件で。商品の原価を抑えるための、まあ、“知恵を絞ってきた”という感じですかねえ…」
「は、はあ。行かはった途端に羽振りよくならはりましたね」
「ええ、まあ。他のトコももう終わらしてきたんですわ。業者からリベートが入ってきたんで。…会社には言えんのですけどね」
近田はこう言って、もう二度とウチの事務所へ顔を出すことはなくなった。それから、2年。
事務所に三紙とっている各新聞の一面トップに『Z』の添加物混入事件のことが載っていた。
近田は自分の欲望の後始末をするために、企業犯罪の片棒を担いだのだ。今、近田はどうなっているのだろうか。
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今、彼は相変わらず、事務所のデスクに座っている。債務者のツラを眺めながら過ごし、今日も強烈なダメ人間たちと向き合う。
(C)写真AC
※編注・登場人物は仮名です。
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(執筆者: 丸野裕行) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか
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