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<ライブレポート>チェンバロの猛者ピエール・アンタイ、【LFJ2018】来日に固唾を飲む

<ライブレポート>チェンバロの猛者ピエール・アンタイ、【LFJ2018】来日に固唾を飲む

 かつて欧州貴族たちに愛された鍵盤楽器チェンバロ。その凄腕奏者のひとりピエール・アンタイが【ラ・フォル・ジュルネTOKYO】に登場、スカルラッティ作品だけのリサイタルを披露した。

ピエール・アンタイ 写真(全3枚)

 「今年はピエール・アンタイが【ラ・フォル・ジュルネTOKYO】に来て、スカルラッティを弾くらしい」

 フェスの記者会見から間もなく、クラシックでもとくに古い時代の作品(いわゆる“古楽”)のファンたちが静かにざわつきはじめた。発表された公演予定表にはアンタイ出演プロが確かに二つ。どちらも夜更けの公演で、スカルラッティを弾くという。そのどちらもチケット販売開始から間もなく、驚くべき勢いで完売してしまった。

 これは当然といえば当然だった。昨今では海外チェンバロ奏者の来日公演自体ただでさえ貴重なところ、スカルラッティ作品をライブで弾く者は滅多にいない。バッハやヘンデルと同い年のこのイタリア人作曲家、実に555曲(一説によればそれ以上)もの鍵盤ソナタを書き、チェンバロ独奏曲の歴史に見過しがたい1ページを刻んでいるにもかかわらず…だ。

 生前のスカルラッティ自身が桁外れのチェンバロ奏者だったからか、弾くのが困難な作品も多いのは確かなのだろうけれど。しかし彼の作品は聴きごたえある逸品ばかり。聴き手としてはぜひ生のスリリングな演奏を味わいたい。ましてや、CD録音で他の追従を許さないスカルラッティ演奏を何作もリリースしているピエール・アンタイがやるとなれば…というわけだ。

 複数公演を聴くリスナーも多いフェスだけに遅刻者もたいてい少なくはないところ、開演時にはほぼ満席。期待値は開演前から明らかだった。配布されたプログラムの曲目欄には「スカルラッティ:ソナタから」としか書いておらず、どのソナタを弾くかは事前には明かされていない。アナウンスが入る。おおまかに“前半”と“後半”からなる選曲構成にして、その場で曲を選んでゆくスタイル。奏者が立ちあがるまでは拍手はご遠慮ください、とのこと。予備知識なしに演奏に集中せよということか。

 演奏が始まる。一音、また一音……と静かにメロディが一筋、そこからしだいに音が増えてゆくソナタK213(※スカルラッティのソナタ555曲には、現代の音楽学者によりK番号が振られている)。演奏が進むにつれダイナミックな曲調は激しさと多彩さを増す。スペインのギターを思わせる音型も頻出する。信じられない勢いで鍵盤上を行き交うアンタイの両手。炸裂する複雑な和音。故郷イタリアを離れてイベリア半島に赴き、かの地の民俗音楽に開眼したというスカルラッティの芸術性をあぶりだす作品の連続で“前半”の選曲は満場を虜にした。アンタイ立つ。満場の拍手。

 “後半”はさらにアクロバティックな曲が続々くりだされる。スペイン風味は少しだけ薄らぎ、むしろ18世紀当時としても異例な鍵盤奏法がふんだんに盛り込まれた曲が多くなった。左手が右手よりも高い音を叩いたり、両手とも演奏音域が極端に近いままで鍵盤上を飛びまわったり…。

 楽器の機構上、チェンバロはどう鍵盤を叩いても音に強弱がつかず、つねに一定音量でしか鳴らない。辛うじて鍵盤を2段つくり、上下で音量差を弾き分けられる楽器もある程度(会場にあったのもそのタイプ)。作曲家と奏者はその特性をふまえ、曲作りや弾き方に緩急をつけ、音に精彩をつけてゆくものなのだが、曲も奏者もぴたりと息が合ってここまでダイナミックに弾きこなされるともう、圧倒的というほかない…しかもアンタイ、気づけばほとんど全編にわたって鍵盤を片方しか使わなかった(弱音用の鍵盤を使ったのは2曲のみ、うち1曲は最後の1音だけ)。よけいな演出は不要、作品の美質だけを徹底的に味あわせる。素材勝負のシンプル調理で味あわせる、南イタリアの野菜料理にも通じる力強さ、雄弁さ。

 法外ともいえるスカルラッティ鍵盤奏法の極限をさんざん聴かせたあと、アンタイは最後にことさら古風な、イタリアの教会音楽作法に忠実な作風のソナタ(スカルラッティ作品の作曲年代は特定がきわめて困難と言われるが、これらはおそらく初期作品?)を3曲ほど選んでみせた。原点回帰、“新しい世界”から故郷ナポリへ…ということだろうか。と思う間もなく、最後の最後では全選曲の総括かと思うほど、きわめてスパニッシュ&アクロバティックな曲調を誇るソナタK175で一夜をあざやかに締めくくってみせた。息をのんで奏者が立ちあがるのを待つ客席、そして満場の喝采。隅々まで耳を研ぎ澄ませて聴いてしまう痛快公演だった。Text:白沢達生

◎公演概要
【ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2018 UN MONDE NOUVEAU― モンド・ヌーヴォー 新しい世界へ】
2018年5月3日(木・祝)、4日(金・祝)、5日(土・祝)
丸の内エリア(東京国際フォーラム、大手町・丸の内・有楽町)
池袋エリア(東京芸術劇場・池袋西口公園、南池袋公園)
約400公演(うち有料公演 丸の内エリア125公演、池袋エリア53公演)
チケット:一般発売中

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