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寝たきりの兄を家族は…日本も他人事ではない介護小説『ファミリー・ライフ』著者に聞く(2)

寝たきりの兄を家族は…日本も他人事ではない介護小説『ファミリー・ライフ』著者に聞く(2)

出版業界の最重要人物にフォーカスする「ベストセラーズインタビュー」。

第98回となる今回は、自身二作目の長編『ファミリー・ライフ』(新潮社刊)が国際IMPACダブリン文学賞を受けるなど国際的な評価を得ている作家・アキール・シャルマさんが登場してくれました。

『ファミリー・ライフ』は、インドからアメリカに移住した一家を巡る物語。憧れのアメリカで幸福を築きつつあった一家の日常は、長男・ビルジュの事故で一変。彼の介護という仕事が、両親と弟のアジェの心に晴れることのない深い影を落としていきます。

アキールさん自身の経験が元になっているこの作品について、その魅力と読みどころを、翻訳を手掛けた作家の小野正嗣さんを交えて語っていただきました。その第二回をお届けします。

(インタビュー・文/山田洋介、撮影/金井元貴)

■兄が事故で寝たきりに 介護する家族に訪れた変化

――「寝たきりの息子を抱えた家族の葛藤」というシリアスなテーマを扱っている反面、時々笑いを抑えきれない場面もありました。妙な質問ですが、この感じ方は正しいのでしょうか?

アキール:もちろんです。作中におもしろい部分をたくさん入れているので。

小野:主人公のアジェの一家がアメリカに来て、お母さんが仕事を探すというのでどんな仕事がいいかと話している時に、まだ元気だったアジェのお兄さんが高速道路のチケットを売る仕事を薦める場面が笑えましたね。お母さんは下半身が太っているから上半身しか見えないところで働くのがいいんじゃないかと。それを見て幼いアジェは兄をものすごく頭のいい人間だと思うという。

――個人的にはアジェの両親の会話が好きです。生活の苦しい現実が滲み出ていながらも、どこかユーモラスですよね。

アキール:それはうれしいですね。お母さんの耳の調子が悪くなってしまった時に、お父さんが心配しつつも「まかりまちがって何かいいニュースがあった時は教えてあげるよ」と言ったり、そういうちょっと笑えるようなエピソードはたくさん入っていると思います。

――とはいえ、物語の中心にはアジェの兄・ビルジュの事故が横たわっていて、その日を境に家族はそれぞれ別々の方向に変わっていきます。お父さんは酒に溺れ、お母さんは宗教的ともいえる熱心さでビルジュの世話をするようになり、アジェはアジェで自分の変化を感じている。ただ、寝たきりになって回復の望みが薄いビルジュを重荷だと感じる自分の心と戦っているという点は共通しているように思いました。

アキール:介護することを負担に感じてしまうという事実そのものを、介護する側の家族は自分の誠意のなさや誠実さの欠如と捉えてしまいやすい。作中のアジェも、彼の両親もその心理から目を背けようとしている部分がありますよね。

私の兄はもう亡くなってしまったのですが、彼が死んだ時、祈りもしたし精一杯の献身もしたし、自分は十分によくやったと母は思っていたはずです。ただ、それでも彼女はその後の人生で「もっとできたんじゃないか」という自己否定の感情を持っていたようです。

――家族それぞれの心情はすごく複雑で、介護が重荷だというだけではなく、ビルジュや他の家族のことを愛おしく思う瞬間もあります。かならずしも一貫しない感情を書くためにどのような試みをしましたか?

アキール:気をつけていたのは、読者を作中のリアリティにいかに巻き込むかという部分で、そのために文章のトーンを細かく変えています。コメディっぽいところからシリアスなところ、それから大人になりかかった少年独特の感情を表すようなトーンを使ったり、といったところです。

――主人公のアジェについていえば、最終的に自分の幸せに呵責を感じてしまうほどに変わってしまい、重苦しさを感じました。

アキール:不幸な状態に慣れてしまうとそれが習い性になって、幸福なときに顔をのぞかせては「幸福を感じている自分」に干渉してくるということは、人生の中でもあると思います。

ただ、ラストについてはもう少し複雑ですね。最後の場面でアジェは幸福の中に様々な悪いものの象徴も感じます。たとえばアルコール依存症だった父や、一家の不幸を思い起こさせる家などです。そうした象徴的なものを同時に登場させることで、ひとことでは言い表せない複雑さをあの場面では表現しています。

最終回 ■海外文学の注目作家アキール・シャルマのお気に入り本 につづく

(新刊JP編集部)

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