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エマール待望のメシアン『鳥のカタログ』全曲(Album Review)

エマール待望のメシアン『鳥のカタログ』全曲(Album Review)

 とりわけ近現代曲の演奏に定評があるエマールは、若くしてオリヴィエ・メシアンに才能を見出され、十代も半ばで彼の名を冠したメシアン・コンクールを制した奏者である。加えて国立パリ高等音楽院での師匠は、メシアン作品の初演を多数手掛け、やがて2番目の妻となったイヴォンヌ・ロリオ。エマールは、まさにメシアン直系の弟子といえる。そんな彼だけに長らく登場が待ち望まれていたのが、ブーレーズの委嘱によって書かれた全7巻、13曲におよぶ大作、『鳥のカタログ』の全曲録音である。

 各曲にはそれぞれ一種類の野鳥の名が冠されているが、メシアンが世界各地で採譜して取り入れた鳥の声は実に77種におよび、それらのさえずりがあちこちから降り注いで、聴く者を取り囲む。ピトレスクなイメージを強く喚起するが、写実的な音楽とは一線を画しており、古典的な意味での主題と労作も、また明確な旋律もここにはない。鳥のさえずりはもとより、その鳥が高く飛翔するさま、背景となるごつごつとした山々の眺望やうねる荒波、野を渡る風音などなど、四季を彩る田園風景全体を切り取って、そのただなかに身を委ねる感覚を呼び覚ます。これはエマールの言葉に従えば、「自然への讃歌」である。その目論見を達するべく、メシアンらしいリズムの遊びを随所に散りばめつつ、ピアノという楽器が生み出しうるソノリティの可能性を徹底的に探求し、新たなピアノ書法を突き詰めた作品である。

 そうした曲集だけに、ピアニストには多彩な音色を操ることが求められる。エマールは持ち前のメカニック能力を駆使し、技巧的な難儀さをものともせず、あまたのモチーフとリズムパターンが生み出す微細なニュアンスの襞を念入りに描き分けてゆく。スコアに従うことを求めたメシアン作品に集中力高く寄り添うエマールのアプローチは、細密画のように隅々まで掃き清められている。さりとて無機的な印象を与えないのは、残響をやや深めに拾う録音セッティングにも拠るところも大きく、茫々たる空間のひろがりと奥行き、時間的な推移までも感じさせてくれる。

 演奏そのもののクオリティもさることながら、このボックスにはに、懇切丁寧に解説を加えたボーナスDVDが添付されている。楽曲レクチャーを併録した音盤を世に問い、含蓄深い講演やラジオ放送をたびたび行ってきた彼らしい取り組みだ。

 ただ、決してとっつきやすいとは言えぬ曲集であるため、メシアン自身による具体的で詳細な序文などを手がかりにすることをオススメしたいが、残念ながらこのボックスに日本語訳は付属していない。よって、ご興味の向きには、他の盤に添付された日本語ライナーノートを参照してみるのも手だろう。

 いきなり最初から最後まで通して聴こうとするのも、かなりハードルが高い。それゆえ、最もコンパクトな第3巻第6曲「もりひばり」あたりを手始めに、適宜抜き出して聴き始めるとよいのではなかろうか。この録音は、ロリオ(Erato)やムラロ(Accord)、児玉桃(Triton)らの録音と並び、ファーストチョイスに最適な録音といえる。Text:川田朔也

◎リリース情報
ピエール=ロラン・エマール『鳥のカタログ 全曲』
PTC5186-670 6,901円(tax in.)

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