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竹原ピストル、忘れられない父の言葉「おまえら食わせなきゃ…」

竹原ピストル、忘れられない父の言葉「おまえら食わせなきゃ…」
J-WAVEで放送中の番組「GOOD NEIGHBORS」(ナビゲーター:クリス智子)のワンコーナー「SAWAI SEIYAKU WONDERFUL LIFE」。4月2日(月)のオンエアでは、竹原ピストルさんに、ミュージシャンになったルーツを伺いました。

1999年から2009年までバンド「野狐禅」で活動、解散後はソロとして活動している竹原さん。音楽以外にも映画でも活躍されています。

■音楽を志したきっかけ

クリス:音楽はいつから始めたんですか?
竹原:うちは父親が職場の仲間とハワイアンバンドをやっていたり、姉がピアノを弾いていたので、生まれたときから楽器がそろっている家でした。だから特にきっかけはなくギターを弾いたりしていたし、エレクトーンも習ってました。
クリス:自分で曲を作り始めたのは?
竹原:多分中学くらいで、当時って長渕 剛さん、THE BLUE HEARTS、尾崎 豊さん、そういう自分の言葉を持っている歌い手さんたちに憧れていたので、自分も物まねみたいなオリジナルソングをなんちゃってですけど作っていたことを覚えてますね。当時、叔母が隣に住んでたんですが、叔母の白髪を1本10円で抜くバイトをやってて(笑)。
クリス:(笑)。
竹原:その作業BGMを鼻歌で長渕さんの「とんぼ」かなんか歌ってて、そしたら叔母が子供ではわからない歌詞の意味を教えてくれて。「この歌はこうでこうで」みたいな説明をしてくれた時に、当たり前なんですが、これは長渕さんが書いた歌なんだなっていうのがピンと来て、僕も僕にしか歌えない歌を歌ってみたいと憧れました。

■音楽をやろうとしたとき、親は?

竹原:大学4年のときに初詣に父親と行ったんです。その時にどさくさに紛れて将来ミュージシャンになりたいって言いたかったんですけど言い出せなかったので、やんわり「父ちゃんは若い頃、夢はなかったの?」って聞いたら、「おまえら食わせなきゃだったし、夢どころじゃなかったなあ」って言われて余計に言えなくなって……(笑)。僕は大学が北海道だったんですが、卒業後も北海道に残って、野狐禅を結成して、デビューが決まってから帰ってきたかたちでした。決まっちゃったんだからしょうがないじゃん、って。でもあの日、父親と話した日のことは今もすごく心に残っています。

竹原さんの貴重な過去について知ることができるオンエアとなりました。

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【番組情報】
番組名:「GOOD NEIGHBORS」
放送日時:月・火・水・木曜 13時−16時30分
オフィシャルサイト:http://www.j-wave.co.jp/original/neighbors/

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