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今だからこそ振り返ろう!!偉大なる横綱・貴乃花光司伝説!!

キャプチャ
現在、何かと話題が多い相撲界・・・貴乃花部屋の貴乃花親方には逆風が吹いているといってもいいだろう。
しかし、貴乃花は幕内勝利数701勝(歴代9位!)、幕内優勝回数22回(歴代6位!)を誇る平成の大横綱である。こんな時だからこそ、貴乃花が残した様々な逸話を振り返ってみたい。

●四六時中強くなることを考えていた!寝る前もハンドグリップで鍛錬!!「四股、鉄砲、摺り足といった稽古の基本を二子山部屋の力士の中で最も長くやっていたのが貴乃花でした。若い力士たちが5分くらいしか四股を踏まないのに対して、貴乃花は20分以上踏んでいることもあったほどです。入門当時から、稽古は通常朝5時からのところを、若乃花と貴乃花の2人は、2時間も3時間も早く起きて稽古をしていたそうです。その上、暇さえあれば、ランニングやダッシュを繰り返していました。貴乃花は寝る時でさえ、握力をつけるためにハンドグリップを握り続けていたそうです。“ギュッ、ギュッ”という音が聞こえなくなったら、眠ったんだとわかるという話もありました。2人には、父親から受け継いだ花田家の血が流れていたのは確かですが、決して持って生まれた才能だけではなかったのだと思います」(二子山部屋後援会機関紙の編集を手掛けていたノンフィクション作家の小林照幸氏談)(2003.1.30「週刊文春」)
●母校に贈った貴乃花号!!貴乃花の恩師で明大中野高校相撲部監督の武井美男氏は、彼の優しい一面を知っているという。「横綱はちょくちょく学校に顔を出して、後輩の部員たちに差し入れをしてくれました。四年ほど前、うちの学校の創立70周年記念の時に、相撲の景品でもらったという四輪駆動車を若乃花、貴乃花が各1台ずつ寄付してくれました。その車には、ドアのところに“若乃花号”、“貴乃花号”と書いて現在も使っています。」(2003.1.30「週刊文春」)

●「やりたいことは?」という質問に・・・貴乃花「老人になりたい」貴乃花が横綱になった頃のインタビューで“今やりたいことは?”という質問に対して“老人になりたい”と答えたことがあった。それだけ背負っているものが大きいんでしょうね。(スポーツジャーナリスト二宮清純談)(2003.1.30「週刊文春」)
●名場面「痛みに耐えてよく頑張った! 感動した!」の裏側2001年の夏場所、14日目の無双山戦で貴乃花関は右ヒザを損傷。ヒ骨頭の亜脱臼と半月板の損傷であった。そのときテーピングを施したトレーナーは、翌日の相撲が取れるかどうかは五分五分だと思っていた。しかし、貴乃花は痛いとも、休場ということも一切口にしなかったという。そして、千秋楽では、横綱土俵入りのときはテーピングをしなくていい、と言った。「土俵入りだって不安だったと思うんですが、土俵の美とか、そういうものを優先させたんだと思います。テーピングを施したのは、土俵入りから引き揚げてきた後でした。」(トレーナー中元氏談)そして武蔵丸関との決戦。仕切りで深くそんきょしたら半月板がちょっとズレるも、貴乃花関は塩を取りに行ったときに動かして、自分で入れたという。そして、決定戦で武蔵丸を上手投げに破り、22回目の優勝を決めた。「改めて本当にすごい横綱だと思いました。あの足の状態で巨漢横綱を横転させるーーー、平成の名勝負と言っていいでしょう。(トレーナー中元皓希与談)(2001.7「大相撲」)
●父であり師でもある親方と涙の契り 「オレが死ぬまで泣くな」55歳の若さで逝った父であり厳しい師匠でもあった父との、“涙の約束”を初めて明かした。15歳で入門して親子から師弟関係となった際、その後の厳しい環境が目前に迫り、当時は父も息子も涙が止まらなかった。「“オレもお前も泣いたけども(今後は)オレが死ぬまで一切涙を流すな”といわれた。自分はかたくなに守ったし、今初めて父との約束を果たせたと思います」と、ため込んできた涙の重みを語った。(2005.6.1「デイリースポーツ」)
●「無言」は「相撲に集中する強い気持ちの表れ」(引退会見で)「もう解放されましたよ」貴乃花は笑って言った。引退会見で、過去の思い出を振り返っているときに、記者が「聞きにくいが。なぜいつも無言なのか」とぶしつけな質問をした。すると、貴乃花は、「相撲に集中する強い気持ちの表れ。それを見てファンの方に感じていただきたかった」と答えた。しゃべらないから批判される苦痛から解放されたようだ。(2003.1.21「スポーツ報知」)
●生き物にも優しいナイスガイ!!部屋に虫が入ってきて、景子さんが叩こうとすると「殺すなよ。逃がしてやれよ」と言う、優しい人。一度、雀が迷い込んで窓ガラスに激突したことがあったが、綿ベッドを作って脳震盪を起こした雀を寝かせ、目が覚めたときのために水やパン屑を用意した。(2003.7.7 「婦人公論」)

子どもの頃に見ていた現役当時の貴乃花は陰気な感じがしてあまり好きではなく、個人的には同時期に活躍した武蔵丸派だった。しかし、大人になって見ると貴乃花の寡黙さ故のダンディズムに魅力的に感じるから不思議だ。
色々大変だとは思うが貴乃花親方には自分の信じる相撲道を突き進んでいってほしい。

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