体験を伝える―『ガジェット通信』の考え方

面白いものを探しにいこう 本物を体験し体感しよう 会いたい人に会いに行こう 見たことのないものを見に行こう そしてそれをやわらかくみんなに伝えよう [→ガジェ通についてもっと詳しく] [→ガジェット通信フロアについて]

車内恋愛#03「N-BOXが乗せるのは“あの頃とは違う2人”」前編

▲車を舞台にした、素朴で小さなラブストーリーをお届けします

▲車を舞台にした、素朴で小さなラブストーリーをお届けします

まさかの再会。でも、もうあの頃には戻れない

「おい、おい!!!」

突然、どこかからか声が響く。私、浅野れいかは、勤め先のネイルサロンからの帰り道。

風に吹かれて乱れるボブを直す気力もなく、厳しい寒さに身震いしながら足早に横断歩道を渡っていた。

声の主に目をやる暇も待たずに、クラクションが鳴る。

(しつこいな~……)

横断をせかされているのか……と左折待ちしている車に目を向けると、窓から顔をひょいとのぞかせてこちらをじっと見ている男がいた。

見覚えのない男……じゃ、ない……かも。

「え? もしかして……朝香?」

と、叫んだときにはすでに歩行者信号は点滅していて、朝香亮がフロントガラス越しに指をさしながら口パクで「急げ!」と叫んでいる。

声をかけたのはあんたでしょーが……。

一息つきたくて買ったスタバのラテをちゃぷちゃぷ揺らしながら小走りに信号を渡りきる。振り返って朝香の車、ホンダのN-BOXを見ると、また指で何かを指示している。そこの角を曲がったところに来い、ということらしい。

N-BOXは、細い路肩に停車していた。窓ガラスに、30歳の私の姿が映っている。

朝香亮は高校の同級生で、出席番号が前後だった。出席順に配置された座席で、朝香はいつも私の前の席。授業中の居眠りを背中で隠してくれたり、当てられてフリーズしているとカンペを回してくれたりと、何かとお世話になった。

面倒見がよくお人良しだった彼は、女の趣味は良いとはいえず、ぶりっ子の仮面の下に深く自我の根を張った女の子と付き合っては、携帯から女子のアドレスをすべて消されたり、廊下で泣かれたりしていた。

そんな朝香の恋愛相談にのることで、私たちは持ちつ持たれつの関係性を築いていた。

恋愛感情はないけれど、特別な存在だったといえる。でもそれも、在学中までのこと。

illustration/cro

私は卒業後すぐに上京し、以来こうして戻って来るまでは地元に寄り付かなかったので、実に12年ぶりの再会。高校の頃、おばさんだと思っていた年齢になった私を朝香はどう思うだろう……。

乱れた長い前髪を手ぐしで流して耳にかけると同時に、ドアが中から大きく開いた。

「おっす」

助手席に身を乗り出しながら、まるで昨日まで顔を突き合わせていたような自然さで朝香は言った。あまりにも変わらない様子に、自然と笑えた。

「何年ぶり? よう分かったねー」

普段は東京帰りのつまらないプライドで地元の言葉は使わないが、自然とイントネーションがなまる。朝香の前では、標準語を話す方が恥ずかしい気がした。

「わかるやろ。てかお前、相変わらず派手やね」

歯に衣着せぬ物言いだとしても、嫌味にならないのは朝香の人徳だ。

車に乗り込む。車内は外観から想像するよりもずっと広々としていた。運転席と助手席を隔てるものは何もない。

「送っちゃーよ。お前ん家、どこやったっけ?」

おっと。この言い方は、私が今は実家暮らしだと知っているらしい。……当然、私がバツイチ子持ちだという情報も知っているだろう。そう、私は出戻りなのだ。ひとり娘の茉莉花(まりか)と実家で暮らしている。

「変わらんよ。大橋。九大の近く。でも家やなくて保育園まで送ってもらってよか?」

朝香は特に目立ったリアクションもなく「OK。ナビ入れるけ、住所」と淡々と言った。

会わなかった12年の間に起こったことを、何から話せばいいのかわからなかったとしても、人生のビッグイベントに失敗したということ、出産したことくらいはシェアに値するだろう。

それでもこの手の話をすれば、興味本位に詮索してくるやからや、同調して自分の身の上話と重ねては“同族”として奇妙な連帯感を押し付けてくるやからがいる。それが煩わしくて、地元の旧友にも連絡をとっていなかった。

しかし、朝香にならなんとなく話してもいい気になる。

「地元戻っとるの、知っとったん」

「うん。お前が1回も来とらん同窓会で、ひとみが言いよった」

ひとみはゴシップ好きの芸能レポーターのような女で、運の悪いことに実家が近所だ。母親経由で私の出戻りの情報をつかんだらしい。

1 2 3次のページ
日刊カーセンサーの記事一覧をみる
  • 誤字を発見した方はこちらからご連絡ください。
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちらから
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。