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「千年続くように…」スケーター阿部直央の考える東日本大震災“Don’t Forget Party”

東日本大震災から7年、その悲劇を忘れぬ為に毎年チャリティーイベントを開催するプロスケーターがいるのを知っているだろうか?その人の名は阿部直央。彼が毎年行う“Don’t Forget Party”は今年で7回目を数える。

彼はなぜ毎年このイベントを続けるのか?どんな思いでこのイベントを開催しているのか?そんなプロスケーター“阿部直央”の普段は絶対に見せない“3.11”に寄せる想いに迫るべくインタビューを行った。

※プロスケーター・阿部直央

先人が伝えようとした事から始まった

——東日本大震災の時はどこにいましたか?

「2011年の3月11日、その日僕は宮城県仙台市にいたんですよ、そして地震を体験し被災しました。携帯も動かず、情報も全く入ってこない中、僕は実家が塩釜市なので津波がすごく心配でした。次の日に親とは連絡が取れたんですが、そのまま一週間路頭に迷いながら実家まで帰れないという経験をしました。

僕は運良く、その2週間後に関東の友達に迎えに来てもらえて帰ることが出来たんですが、周りの友達は津波の被害を受けた人が結構いました。そういった経験を経て、震災の翌年2012年3月11日からこういった活動(Don’t Forget Party)を始めようと思いました」

※2017年3月11日に行われた第6回“Don’t Forget Party”

——Don’t Forget Partyは毎年行っているんですか?

「震災の翌年から毎年行っていて、今年で7回目になりました。東日本大震災は千年に一度の地震と言われていて、千年前も地震で大きな津波が来たみたいなんだけど、その時に「ここまで来たよ」っていう意味で当時の人はお地蔵さんを立てていたらしいんですよ。

だけど時代が変わるにつれて、そのお地蔵さんの意味が伝わらなくなってしまって、海が好きな人達などが海辺沿いまで家を建ててマリンスポーツをしたりとか、海水浴したいとかといった理由でどんどん家や建物を建てていった結果、今回のような惨事になってしまったと思うんです。

昔の人が伝えようとしていた事を忘れないようにしようよという思いを、世代をまたいでどんどん繋いで話していけるようなパーティをやっていきたいなと思い、僕がスケートボードを職業にしているという事もあって、スケートボードを使って伝達していけたら。そういう思いから始めました。だから名前はDon’t Forget Party」

※イベントでは14時46分、犠牲者へ黙とうを捧げた

——昔の人はこうなる事を警告していたと?

「多分ね。俺も聞いた話だから本当かどうかわからないけど、でもそういう位置(津波が来る恐れがある)にお地蔵さんは元々あったようで、要は大きい地震が千年に一度あるのがわかっていたら、津波が来ると知りながらその場所に、のほほんと住んではいないわけじゃないですか。でも、結果的にそこにいたからたくさんの人が死んでしまった。

だから昔の人が伝えようとしたことを忘れない為のDon’t Forget みたいな。今年7年目でまだまだ千年までには遠いけど、俺がやっている事を誰かに知ってもらって、この先俺がいなくなってもその誰かが引き継いでやってくれればと思う。時代が変わり、毎年が難しければ5年に一回、いや10年に1回でも誰かがDon’t Forget Partyをやってくれればと思っています」

※プロスケーターとしてコンテストにも参加

——千年続くようにと?

「まぁ千年に一回津波が来るなら、ぶっちゃけ千年続けないと意味ないよね。それが世代をまたいで子供に伝わって、その子供が自分の子供にこういうことがあったんだよって伝えてくれれば一番いいんですけどね。まずはそこのきっかけですね」

関東で開催する理由

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