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アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞した衝撃作『イカロス』  

Icarus

 “二転三転のスリル”や“あっと驚くどんでん返し”といった言い回しはサスペンス映画のジャンルで多用される惹句だが、時にはドキュメンタリーにも当てはまる。ある事象や人物にカメラを向けていたら、その取材中に想定外の出来事が発生。あれよあれよという間に、作者自身もびっくり仰天の筋書きなきドラマが繰り広げられていく……というようなケースである。先頃、アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞した『イカロス』は、まさにそのような想定外の事態をリアルタイムで克明に記録し続け、異様なスリルを観る者に体感させる1本だ。
 
 いかなる事態が起こったのかを書く前に、本作のそもそもの企画の趣旨を紹介すべきだろう。ひと言で表現すると『スーパーサイズ・ミー』の“ドーピング・バージョン”である。2004年に製作されたモーガン・スパーロック監督作品『スーパーサイズ・ミー』は監督自身が実験台となり、マクドナルドのファストフードだけを1日3回、一ヵ月食べ続けたら人体にどのような影響が出るかを実証しようと試みたユニークな作品だ。ドキュメンタリーとしては異例の大ヒットを記録し、その手法を真似た“実験ドキュメンタリー”が流行した。
 
 むろん今ではYouTubeに“こんなことやってみました”動画は星の数ほどアップデートされているが、アマチュアの自転車競技選手でもある『イカロス』のブライアン・フォーゲル監督は、大胆不敵にして過激な実験を試みた。自らの肉体に運動能力を向上させる禁止薬物を注射し、著名な自転車ロードレース大会に出場。その結果、もしドーピング検査を陰性でパスしたら、検査そのものが無意味だと証明できるというわけだ。かくしてフォーゲルはドーピングの専門家に協力を依頼し、本格的なプログラムのもとで実験をスタートさせた。
 
 ところがドーピング・プログラム監修を請け負った人物が、その道のプロ中のプロだったために想定外の事態が引き起こされる。ロシア反ドーピング機関のラボ所長グリゴリー・ロドチェンコフ。表向きはロシア人アスリートのドーピングを“取り締まる”立場であるこの科学者、実はロシアによる国家ぐるみのドーピングを実行した現場責任者であり、ロンドン、北京、ソチなどのオリンピックにおけるロシアの金メダル獲得に貢献してきた人物だったのだ。
 
 フォーゲルとロドチェンコフがスカイプで密接に連絡を取り合いながら“ドーピング版『スーパーサイズ・ミー』”の撮影を進めている最中に、ドイツのテレビ局が2014年ソチ・オリンピックにおけるロシア陸上選手のドーピングを告発するドキュメンタリーを放送。たちまちその疑惑の渦中の人物となったロドチェンコフは身の危険を感じ、フォーゲルの手助けを得てアメリカに逃亡することになる。ここで言う“身の危険”とは所長職の解任とか裁判の被告になるといったレベルの話ではない。命の危険、すなわち暗殺のターゲットとなる恐怖を意味する。この先の後半にも待ち受ける、さらに驚くべき展開は観てのお楽しみだ。
 
 それにしても、いくら想定外の事態がドキュメンタリーを面白くする要素のひとつとはいえ、撮影中に取材対象が世界中を揺るがす一大スキャンダルの主人公となり、ついにはこの世から葬られかねないほどの危うい存在になってしまうドキュメンタリーなど滅多にないだろう。最近で思い出されるのは、同じくアカデミー賞に輝いた『シチズンフォー スノーデンの暴露』だ。『イカロス』で描かれる事の重大さといい、画面にみなぎる緊迫感の生々しさといい、ロドチェンコフが陥った極限状況はまさしくエドワード・スノーデン級と言っていい。
 
 ちなみに、序盤の『スーパーサイズ・ミー』風の軽快なシークエンスには、フォーゲル監督と陽気でおしゃべりなロドチェンコフのやりとりがきめ細やかに記録されており、そこで育まれる両者の友情がこの“筋書きのないドラマ”をいっそう劇的なものにしている。スパイ映画などの謀略スリラー好きの人はもちろん、あらゆるNetflixユーザー必見の傑作である。
 
※Netflixオリジナル作品『イカロス』独占配信中
 
【予告編】

 
【視聴リンク】
https://www.netflix.com/title/80168079

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