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『水道橋博士のメルマ旬報』過去の傑作選シリーズ ~ある日のマッハスピード豪速球ガン太~(vol.1)

『水道橋博士のメルマ旬報』過去の傑作選シリーズ ~ある日のマッハスピード豪速球ガン太~(vol.1)

 芸人・水道橋博士が編集長を務める、たぶん日本最大のメールマガジン『水道橋博士のメルマ旬報』。

 過去の傑作選企画として、かつて水道橋博士の運転手も務め、現在、気鋭の芸人として活躍中のマッハスピード豪速球ガン太さんによる連載『ハカセードライバー』から、僕が大好きな原稿を無料公開でお届けします。
是非、お手すきの時に一読ください。(編集担当/原カントくん)

*****

初めまして!の方もご存知の方も読んで頂けて光栄でございます。
わたくし名前を[ガン太]と申しましてオフィス北野で[マッハスピード豪速球]と言うお笑いコンビで活動しています。
特技はコントでコンビでのネタ制作はボク担当です、自分で言うのも何ですが結構面白いコントをやります。

ネタを作れるのだから頭の良い人、教養の備わった賢い人、何て思われる事が度々あるのですが、はっきり言ってボクはバカです、謙遜してのバカとかではなくかなり手ごたえのあるバカです。漢字は小2まで習ったものしか書けません、地理も23区言えないしですし、日本地図がどういう構成であの形になっているのかチンプンカンプン。
英語も中1の授業二回目で諦めてしまったので喋れない読めない書けない。
歴史もかなりヤバい!どのくらいヤバいか例をだして説明したいですが歴史を知らないと例を出す事も出来ない始末。
こういう人は大体映画や本に明け暮れたり芸能に強烈にのめり込んだりラジオ聴いたり何かのオタクになったりして青春を過ごし突出して詳しい事とかがあるものですが困った事にそちらも全くノータッチ、そんな感じで生きてきたボクは教養ゼロ人間なのです。(ヤンキーでも無い。)

そんなバカなボクの人生に神様はとんでもないイタズラを仕掛けます。

ボクはある日突然、教養、知識、学の塊のような存在[水道橋博士]の運転手になるのです・・。

お笑い芸人をはじめて七年目の5月の事、あの日の事は今でもはっきり覚えています。
当時4年ほどお世話になっていた割烹料理屋のお昼のアルバイトが終わり携帯を見るとマネージャーから”水道橋博士からお話があるようなので電話してください。”と言う内容と博士の電話番号・・。
ボクは事務所がオフィス北野と言う事もあり、その日までに三度程、水道橋博士にお会いになる機会があったにせよ、ほとんどまともに話した事の無い状態・・着替えることも忘れ
割烹着のまま電話をかけました。
「もしもし、水道橋です・・」
「あ・・すいません、あのマッハスピード豪速球のガン太です・・」
「うん、キミさ運転免許ある?」(ヒソヒソ声)
「?はい、あります。」
「うん、ごめんね今病院で声出せないから声小さくしゃべらなきゃいけないんだけど」
「あ、はい・・」
「今運転手を探しているんだけどキミやらない?」
「あ、やります。」(何故かボクもヒソヒソ声)
「あ、本当?じゃあ詳しい話は秘書のスズキ君と連絡とって下さい。」
「はい・・。」
“ガチャプープー”

と何故かヒソヒソ声のまま突然ボクは水道橋博士の運転手になってしまったのです!

そのままスズキ秘書(博士の身の回りの全てを行う方)と連絡をとり、初日はいつでもいいと言う事だったのですが、その日の夜に行くと伝え、そのまま割烹料理の店主に事情と本日からアルバイトを辞めると言う唐突過ぎる事情を伝えると、
「分かった!何とかするからやってこい!頑張れ!チャンスだな!」
と店主の理解と男気に助けられ、ボクはその日の夜から[ガン太]の対義語のような存在[水道橋博士]の運転手を結果として1年間させて頂く事になったのです。
(石神井公園駅『とりで』というお店でバイトしてました。少しでも宣伝になれば・・)

この日からボクの生活は一変する訳ですが”気難しい””すぐ怒る””何考えているか分からない””コワい”という当初の博士のイメージが運転手を日々重ねていくにつれ覆っていき、ボクは水道橋博士の人間性にどんどんと惹かれていくのでした。
一方、ボクがこれ程に教養ゼロ何もできない人間、なんて事を知らなかった博士からしてみれば完全なハズレくじを引いたわけで、話も噛み合わない道も知らない運転も下手で車を擦りまくるボクはいつクビになってもおかしくない状況だったのですが、博士は見切ることなく面倒を見て下さったのです。
そんなゼロの人間のボクに博士が最初にしたアドバイスが
「パソコンくらい使えるようになれ!」でした。
余りにも低レベルすぎる話ですが、その頃ボクはパソコンを使わずに生きていました、
ボクは言われるがままその日から博士が練習用に用意して下さったパソコンでタイピングの練習をする事にしました。

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