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「正義の味方」第1号 誕生60年「月光仮面」の軌跡

「正義の味方」第1号 誕生60年「月光仮面」の軌跡

 1958(昭和33)年2月24日、現在のTBSテレビ(当時はラジオ東京テレビ)で放送が始まった日本初の特撮ヒーロー番組「月光仮面」。それだけでなく国産初の「テレビ映画(フィルム撮影で製作されるテレビドラマ)」でもありました。

 今年2018年は、その誕生から60年。日本のヒーローものに大きな足跡を残した「月光仮面」について、振り返ってみたいと思います。

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 ■「正義の味方」第1号

 今やヒーローの常套句とも言える「正義の味方」のフレーズ。これは「月光仮面」から始まったものでした。これまでのヒーローは、例えば「鞍馬天狗」などは「正義の人」であり、正義を体現した人物として描かれているのに対し、月光仮面は「正義の味方」として、一歩引いたポジションを占めているのです。月光仮面の元になっているのは、薬師三尊の脇侍である月光菩薩(がっこうぼさつ)。月のような清涼をもって衆生の生死煩悩の焦熱から離れる、という意味を持つ菩薩の名から「月光仮面(げっこうかめん)」と命名されたといいます。出自が仏(薬師如来)の脇侍であり、しかも日光菩薩・月光菩薩単体で作られた像が現在までに確認できていないことからも、いわゆる「正義」そのものではなく、正義のそばにいて手助けをする者……としてキャラクター造形がなされたとか。

 また、月光菩薩は衆生の生死煩悩の焦熱から離れさせる力を持つとされますが、これは滅してしまう訳ではありません。月光仮面の「憎むな、殺すな、赦しましょう」という、罪を憎んで人を憎まず、悪人を滅する(殺す)訳ではなく、懲らしめて改心させるというスタンスは、月光菩薩の影響を受け、さらに「正義そのものではない」という立場を反映させたものと言えるでしょう。

 また、バイクに乗ったヒーローの第1号でもありました。月光仮面の相棒とも言える白いバイクは、ホンダから発売されたドリームC70。前年の1957(昭和32)年10月に発売されたばかりの新しいフラッグシップモデルでした。颯爽とバイクに乗って駆け抜ける月光仮面によって、バイクに憧れる子供達も増えたようです。

 ■手探りの制作

 日本における特撮ヒーロー物の元祖である「月光仮面」ですが、制作を担当した宣弘社にとっても初の自社制作番組でした。もともと宣弘社は、TBSやこの枠(タケダアワー)のスポンサーであった武田薬品工業などの広告(特にネオンサインなどの屋外広告)を手がける広告代理店。当時の社長であった小林利雄は、東京銀座の数寄屋橋交差点に面したネオン広告を手がけ「銀座のネオンを支配する男」という異名でも知られています。

 製作のきっかけは、前番組が打ち切りになってしまったこと。放送枠を確保し続けるため、急遽新たな番組を企画することになって誕生したのが「月光仮面」でした。テレビ局から提示された予算が少なかったため、制作を外部に委託することができず、やむなく自社制作することになったといいます。脚本を担当した川内康範のツテで若手の映画製作者だった西村俊一がプロデューサー参加し、オーディションで大瀬康一(80歳を迎えてお元気です)が主演に選ばれました。多くの若者たちが集まり、制作体制を整えていきます。監督を担当した船床定男は、これが初監督作品となりました。
「正義の味方」第1号 誕生60年「月光仮面」の軌跡月光仮面のスタッフたち(画像提供:宣弘社)

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