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出版業界の裏側が垣間見られるミステリー〜両角長彦『困った作家たち』

出版業界の裏側が垣間見られるミステリー〜両角長彦『困った作家たち』

 世にさまざまな職業小説はあれど、本好きならばやはり気になるのは編集者という仕事について書かれたものではないだろうか。”昔手書き原稿だった頃、たいへんなくせ字の作家の文字を解読できる技術を編集者は身に付けていた””例えば作家を囲む会などが催されると、ライバル出版社の担当編集者たちは「あいつより先には絶対帰らない」ということで、全員が朝までご一緒する”など、興味深い逸話には事欠かない気がする。

 『困った作家たち 編集者桜木由子の事件簿』の主人公である桜木由子もまた編集者である(一目瞭然なわけだが)。本書では短編とショートショートが交互に並べられている。各話とも本・小説にまつわるミステリーであり、謎そのものもさることながら出版業界周辺のエピソードも読みどころ。例えば1話目の短編「最終候補」では、小説Sミステリー新人賞の最終選考会が行われるホテルの隣の部屋に最終候補者たちが集められる。選考委員たちが協議しているところを壁一枚隔てて、気が気でない思いで候補者たちが待機させられるというのだ。そんないたたまれない状況あり得ないのではと驚いたが、かつて某ミステリー新人賞では実際に行われていたやり方だそうだ(解説でも触れられている)。いったい誰が得するの? このシステム。登場人物の中では候補者のひとりで尊大さを隠そうともない宝来華厨王のみが喜々としているが、たとえ自分が受賞者の立場になってもイヤだと思うけど。ちなみに新人賞の応募作には、著者の経歴について今後の願望というか妄想を盛り込んでくる書き手もいるとのこと(応募作が新人賞を受賞し某女優主演で映画化されたことが縁で彼女と結婚、など。さすが作家は想像力が豊か…と言うべきか)。なかなか知ることのできない出版業界の裏側を垣間見られる楽しみも味わえる一冊。

 2話目の「盗作疑惑」以降は、探偵・鶴巻文久が謎解き担当になる。警察に相談できないトラブル(桜木が担当するベテラン作家の連載ミステリー小説の最終回が掲載された直後に、差出人不明の手紙が届く。最終回は「読者への挑戦」になっていて、結末部分が加筆された単行本を発売するというというしかけになっていたのだが、手紙には完璧な謎解きと脅迫まがいの文章が綴られていた、というもの)について、桜木が鶴巻に依頼したことがきっかけで知り合った。探偵役が探偵、というのがむしろ新鮮なような(最近の比較的ライトなミステリーにおいては、推理力を問われる職業ではない人物が探偵役を担うことが多い気がする。例えば編集長とか同僚の編集者とか、さもなければ鍵屋兼泥棒とか←貴志祐介先生の「防犯探偵・榎本」的な)。「盗作疑惑」からは桜木がワトソン役に回って、ふたりが完全に分業しているのも明快でよいと思う。

 さて、作品の最後に置かれている「謝辞」であるが、これはどこまでがほんとうのことなのか? 『メメント1993 34歳無職父さんの東大受験日記』(KADOKAWA)でも虚実織り交ぜた自身の大学(再)受験体験記を書かれていたが、本書も「えっ、桜木由子って…!?」というところまでしかとご堪能あれ。

(松井ゆかり)

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