バイクが主人公の青春SF、異色の宇宙史あり、寓話風数学ファンタジイあり

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バイクが主人公の青春SF、異色の宇宙史あり、寓話風数学ファンタジイあり

 日本SFのカッティングエッジを担っているのは短篇だ。ここ数年、短篇集にまとまっただけでも、高山羽根子『うどん キツネつきの』、長谷敏司『My Humanity』、藤井太洋『公正的戦闘規範』、飛浩隆『自生の夢』、上田早夕里『夢みる葦笛』と、綺羅星のような収穫が数えられる。さらに連作短篇にまで視野を広げてみれば、宮内悠介『盤上の夜』『ヨハネスブルグの天使たち』『スペース金融道』、酉島伝法『皆勤の徒』、菅浩江『誰に見しょとて』、谷甲州『星を創る者たち』『コロンビア・ゼロ 新・航空宇宙軍史』、北野勇作『カメリ』といった具合だ。

 そして、また一冊、この傑作リストに鮮烈な短篇集が加わった。小川一水『アリスマ王の愛した魔物』である。長篇ではライトノベルから本格SFまで広いレンジで力作、話題作を発表している作者だが、短篇もさまざまな傾向を書きわけ、しかもいずれも完成度が高いという技量の持ち主だ。

 本書は五篇を収録。順番にみていこう。

 冒頭を飾る「ろーどそうるず」は、バイクが語り手だ。バイクを擬人化しているのではなく、AIが搭載されており、そのAIにとってはバイクは身体なのだ。人間が自我はあくまで脳内にあって身体はそれをくるむ外殻だと考えず、身体まるごとを自分だとみなすように、このAIも自分はバイクだと意識している。その感覚描写が素晴らしい。たとえば、初運転の場面。

「ってことはいよいよ点火(イグニッション)だな? 回していいんだな? うおお出番かおれの出番か、あっ……バンク計が回復。サイドスタンド格納。おおお、の、乗るぞ、相棒が乗るぞ乗るぞ乗あっ」

 おれ(「M3R3011」というのが型番号だ)には目も耳もないが、その代わりに温度計や吸気センサーで気流を味わい、サスの沈みこみでライダーを感じ、六軸ジャイロで傾きと加速を知り、回転計と速度計で自分とライダーがどんなふうに走っているかを意識する。まさしく異質の世界観! そして、おれの本能は、どんな状況どんな状態であっても人間を乗せて走ることに喜びを覚える。

 どんな状況どんな状態というのがポイントで、たいていのバイクはいつもメンテナンスが行きとどいて万全とは限らない。部品は劣化して不具合を起こすし、ライダーもときに無茶な乗りかたをして負担をかける。それどころか、売り払われて持ち主が変わることさえあるのだ。事故。窃盗。改造。酷使。人生ならぬバイク生は波瀾万丈である。

 小川さんがうまいのは、「語り手」のバイクがただ流転するだけではなく、それにつきそう「聞き手」を設定しているところだ。M3R3011は無線によってモニターAIのRD16−VPTに接続している。実走データを吸いあげ、メーカーが開発に役立てるためにこうした措置が取られているらしい。また、リモートメンテナンスという目的もあって、RD16−VPTから3011へアドバイスが送られたりもする。部品交換をすれば、それに対応してソフトウェアのアップデートも無線でおこなわれる。

 AIは人間ではないので基本的には互いの機能に準じてドライな関係なのだが、やりとりはバイクらしくやんちゃな3011とモニターらしく冷静なRD16−VPTの妙に噛みあう感じがおかしい。新品だった3011がだんだんポンコツ化していき、それでもタフに走りつづけるのをサポートするうち、RD16−VPTに奇妙な友情のようなものが芽生えていくのが絶妙だ。3011のほうも遠隔で手助けできることは限定的でも、せめてRD16−VPTには知っておいてもらいたいと考えるようになる。AIは決まったプログラムではなく、自律的に判断できるようにある程度の自由度が持たされており、そこから意識や個性のようなものが形成されるのだろう。

 それを説明的にではなく、シチュエーションの変化と会話の流れのなかで示していくところが、小川SFの真骨頂だ。青春小説のような爽やかさでまとめあげるセンスも素晴らしい。

「ゴールデンブレッド」は、異色の宇宙SF。人類が太陽系に進出したのちの時代だとは推測できるが、語り手の知識が限定されていることもあって、読者は手探りで読んでいくしかない。語り手にして主人公の豊菓(ユタカ)は、覇権国家である山人八十島(ヤマトヤソシマ)国の従軍パイロットだ。主要航路から外れた名もなき小惑星に墜落し、そのレイクビューという村のひとびとに助けられた。近代的な豊菓の目から見ると、この村の習俗は異様だった。タタミ・マットでの日常、キモノをまとった住民、スイトンという気味の悪い食べ物。唯一の救いは、豊菓に馴染みの深いパンがこの地にもあったことだ。ただし、この村では限られた機会にしか肉を食べないようだ。

 山人民族である豊菓は毎日でも肉が食べたい。自分たちの血には放牧の本能があり、だからこそ八十島国は宇宙へと広く開拓をつづけてきたのだ。

 読者は戸惑う。どうやら日本人をルーツをするらしい豊菓がパン食・肉食を好み、金髪碧眼のレイクビューのひとびとが農耕生活をしている。この宇宙はどうなっているのか?

 物語の終盤にタネ明かしがある。そのねじれた太陽系開拓史の面白さもさることながら、豊菓の「思いこみ」は、まるで現代の日本人の伝統感覚や民族意識を皮肉っているようである。豊菓は「おれたちという民族性、そして文化は、歴史と強く結び付けられている。これを否定するわけにはいかないだろう!」と居丈高なのだが、レイクビューで彼を世話するアイネラはあっさりとそれを覆してしまうのだ。

「アリスマ王の愛した魔物」は、それ以上の異色作。スタイルも凝っていて、異国情緒が横溢する寓話風に綴られている。東西を険しい山に挟まれた小さな王国のアリスマ王子は、生まれついての数学好き。三歳で千まで数えあげ、それから七日のうちに四則を自力で発見したほどだ。ある晩、アリスマが寝ていると、星の光が枕頭に凝り、自分は王子のために参上したという。その者の手助け、あるいは教唆によって、王子の数学狂いに拍車がかかる。

 彼が構想したのは数学立国である。王宮の中庭に算廠(さんしょう)を設置。珅子(シンシ)と称する若者の計算係を大人数集め、ありとあらゆる数字を動かし、あらゆる災難の組み合わせを検討した。

 こちらの言葉でいえばシミュレーションだが、もちろん、これは寓話なのでそんな言葉づかいはしない。周辺強国に対抗するため、算廠は級数的に拡大し、昼夜を問わずに働きづめた珅子が絶命すれば、すぐに新しい珅子を補充した。人海戦術によって精度の高い演算をおこなうという、ローテクなのかハイテクなのかわからない政策を貫き、怪物的な王国が回りつづける。この繁栄と疲弊は、いったいどこまで行くのか……。

「星のみなとのオペレーター」は、小惑星イダの宇宙港管制室でオペレーターとして働く筒見すみれの視点で、「百数十年前にアポロが月へ飛んで以来の騒ぎ」を描く。外宇宙からの敵の攻撃を迎えうつことになったのだ。敵といっても、ひとつひとつは大したことはない。地球の海に住むウニと同じような大きさと形なのだ。しかし、数が尋常ではない。十兆個が流れのように太陽系へ入りこみ、天体に接触すると、地殻から精錬したシリコン化合物で覆っていく。

 ファーストコンタクト・テーマとも侵略テーマともいえる展開だが、もちろん小川一水は常套でお茶を濁したりしない。すみれの身にも危機が迫り、そこからどう脱出するかのサスペンス(ハードSF的な見せ場もあり)を山場に据えつつ、物語全体をユーモラスなタッチで仕上げる。良い意味での軽さは、小川SFのひとつの特長だろう。

 巻末にひかえる「リグ・ライト—-機械が愛する権利について」は、書き下ろし。最初の「ろーどそうるず」と対になるように、こちらも車載搭載AIを扱っている。しかし、語り口や物語のつくりはまったく異なる。時代設定は2024年、語り手のシキミは祖父・吉鷹の遺品として一台のセダンを譲り受ける。セダンにはアサカというサポートロボットが乗っており、このアサカも一緒に引き取らなければならない。アサカは見た目は人間の女性と変わらず、自然な会話もできる。

 セダン—-吉鷹はクローと名づけていた—-は、レベル3プラスの自律自動車だった。法規制では、レベル3は人間が運転しなければならず、レベル4ならば運転しなくても講習免許だけで乗れる。では、レベル3プラスがどうかといえば、「運転システムからの操作交替要請があったとき、ドライバーが適切に応じるという条件のもとで、自動化された運転システムが、すべての運転モードにおいて車輌の運転操作を行う」と定義されている。クローのAIは、運転席に座っているアサカが人間かロボットかの区別をつけず、すなおに「運転可能なドライバー」と認めてしまい、彼女(?)抜きでは発進しないのだ。

 かように機構的にもややこしいのだが、そこに人間関係がかぶさってきて、さらに事態がこじれてしまう。アサカは吉鷹が亡妻の身代わりとして開発したロボットである。いっぽう、シキミには同性のパートナー朔夜(さくや)がいる。そして、アサカは朔夜に似ている。

 つまり、祖父と孫は、セクシャルな意味において同じ女性を好むのだ。

 かくして、アサカをめぐって二重の三角関係が形づくられる。もっとも、祖父と祖母はすでに亡くなっているので、過去の事情は推測するしかないのだけれど。ちなみに、アサカは「吉鷹さんのプライバシーにかかわることなので、話せません」というばかりだ。シビアなのは生きている者のほうで、朔夜はアサカに対してかなり冷笑的な態度で接する。しかし、相手はロボットなので、のれんに腕押しだ。その噛みあわない鞘当てがおかしい。

「ろーどそうるず」の3011が人間を乗せて走りたいという本能を備えていたように、アサカにもサポートロボットとしてユーザーを喜ばせたというモチベーションがある。しかし、かつて吉鷹はアサカに「おまえがモチベーションを持つことはきっと残酷だということになるんだろう」と語ったという。これがひとつの謎として、シキミの心にひっかかる。

 もうひとつの謎は、アサカがシキミに対しておこなう提案、というか懇願だ。アサカは「仮に私が採用されないとしても、クローだけは採用してもらえないでしょうか?」というのだ。彼女がいう採用とは、所有してもらうことだ。しかし、アサカがいなければクローは動かず、「クローだけでも採用」というのは実際的ではない。なぜ、アサカはロボットとして論理的なはずなのに、そんなことをいうのか? あるいは、論理的だからそんなことをいうのか?

 アイザック・アシモフのロボット工学三原則に基づく連作は、ミステリの趣向があったが、「リグ・ライト—-機械が愛する権利について」はその発展形といえるかもしれない。終盤で明かされる思いもよらない真相は、「もうひとつの三角関係」とでもいうべきものだった。そして、それはアシモフの別な短篇SFを髣髴とさせるのだけど、その題名はこれから読むひとのために伏せておくことにしよう。オールド・ファンなら懐かしく思いだすはずだ。

(牧眞司)

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