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2018年は〈ミレニアム〉で始めよう!

2018年は〈ミレニアム〉で始めよう!

 おせちに飽きたら『ミレニアム』もね!

 と、いにしえのCMコピーよろしく書いてみた。もちろんおせちを食べながらでもいいし、年越しそばをたぐりながら読んでいただいてもかまわない。とにかく言いたいのは、ダヴィド・ラーゲルクランツ『ミレニアム5 復讐の炎を吐く女』が出ている、ということなのだ。

 北欧ミステリーを全世界に知らしめるきっかけになった〈ミレニアム〉シリーズについて念のためふりかえっておきたい。第1作『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女』が本国スウェーデンで刊行されたのは2005年、たちまち話題になり、北欧圏だけではなく世界中で読まれ始めた。以降2007年までに『ミレニアム2 火と戯れる女』、『ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士』が刊行される。残念なのは作者のスティーグ・ラーソンが『ミレニアム1』刊行前の2004年に急逝していたことで、ベストセラー作家の栄誉を自身では味わえなかったのである。

 ラーソンはシリーズを十部作で構想していたといわれ、実際に第四作を書き始めていた。〈ミレニアム〉の版元であるスウェーデンのノーシュテッツ社はシリーズ継続を決め、ノンフィクション執筆で実績のあるダヴィド・ラーゲルクランツに白羽の矢を立てた。彼による最初の作品が2015年に出版された『ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女』である(以上すべて既刊はハヤカワ・ミステリ文庫)。ラーゲルクランツは続篇執筆にあたり、1年をかけてラーソンの文体や物語の癖を吸収、次の1年で長篇を1作書き上げるという長期計画を組んだ。つまり2年で1作ということで、予定通り2017年に『ミレニアム5』も発表したのである。シリーズの継承者として彼が適任であったことは作品が証明している。第1作から第3作までの展開を滑らかに引き継いだだけではなく、さらに因果応報譚を付け加え、現代社会を見据えて新たな問題提起まで行っているのである。職人技と言っていい。

 というわけで、少しでも関心がある人は今すぐ『ミレニアム5』を読むべきなのだが、そんなこと言っても5作目なんだし途中から読むのはな、とか(途中から読んでも問題なくおもしろいです)、前作までの展開を忘れちゃったよ(忘れて読んでも理解できます)とか、尻込みしてしまう人のために、簡単にこれまでの流れを振り返っておこう。

『ミレニアム1』は単純にいえばジャーナリスト、ミカエル・ブルムクヴィストの物語である。彼は大疑獄事件に発展する醜聞を暴いたため、逆に敵によって追い詰められ、破滅寸前になっていた。唯一の脱出策として、数十年前に起きた少女の失踪事件を調べ始めるのである。そのための助手として雇ったのが、風変わりな女性リズベット・サランデルだった。

『ミレニアム2』で主役の座はそのリズベットに移る。なぜ彼女が他人とは違った振る舞いをするのかという謎は本作で明かされる。彼女が壮絶な過去を清算し、復讐を遂げるのが本書の主筋である。しかし、続く『ミレニアム3』でリズベットは再び窮地に追い込まれる。『2』でとった手段はあくまで私的なものだった。そのために法によって裁かれることになってしまったからである。その事態を打開すべくミカエルが立ち上がり、仲間とともにリズベットを救おうとする。『1』はアガサ・クリスティーばりの「記憶の殺人」を描いた謎解き小説、『2』はリズベットというアンチ・ヒロインを主役にした犯罪小説、『3』は正攻法の法廷スリラーといった具合に、1作ごとに毛色が異なっているのがおもしろい。

 ラーゲルクランツ引継ぎ後の第一作である『4』では、さらにリズベットの過去が明かされた。そのかたわら、彼女の特技であるハッキング/クラッキングの能力に焦点が当てられ、巨大なIT謀略と犯罪組織の存在が浮かび上がったのである。リズベットに双子の妹カミラがいるということも本作で初めて出てきた要素だ。

 さあ、そして『5』である。本書の冒頭でリズベットは刑務所に収監されている。『4』の中でとった行動が法に触れ、2ヶ月の刑を宣告されたのだ。そこに彼女の後見人だったホルゲル・パルムグレン弁護士がやってきたことから物語は動き始める。ホルゲルはリズベットの過去に関する書類が発見されたことを告げに来たのだが、それが彼女を刺激した。刑務所内から情報を得るためにはインターネットに接続する必要がある。そこでリズベットは看守の一人を脅迫する。刑務所内に腐敗がはびこっていることを指摘し、それによって破滅させられたくなければ、彼女に協力しろと要求したのである。かくして彼女は外界につがなる目と耳を得て、再び闘いを開始する。

 前作までと同様、作中ではある国家規模の醜聞が描かれる。それについての解明が、リズベットの新たな秘密を暴くことにもつながるのである。例によってリズベットは周囲の人間に細かいことを説明しようとせずに走るので、ミカエルたち(と読者)はいいように振り回される。その情報不足の状態から、少しずつ部品が揃ってきて全体の構図が見えてくるまでの展開がまず楽しいのである。今回はリズベットとミカエルが刑務所の内と外で分断されていることもあり、連絡のとりようがない状態がずっと続くのが緊迫感の盛り上げに役立っている。

 リズベットは刑務所の中でファリア・カジというバングラデシュ出身の女性と出会うのだが、彼女が巻き込まれた事件は本書の中で重要な意味を持つことになる。一口で言うならば、ファリアはイスラム過激派の犠牲になった女性だ。彼女だけではなく、弱き者が暴力によって虐げられる世界への抗議が〈ミレニアム〉シリーズの根底には存在する。その主題に気づき、物語の前面に押し出したのはラーゲルクランツの功績でもある。理不尽さへの異議申し立てを行う主人公がリズベットなのはなぜか。それが明かされるくだりが本書のクライマックスと言っていい。独立して『5』を読んでも絶対おもしろいと保証する根拠はこの点にある。本書を読んでから過去の諸作に立ち戻れば、主人公が背負ったものが見えてくるはずだ。しっかりとした幹のあるシリーズゆえ、〈ミレニアム〉は再読に耐えうる強度がある。2017年を〈ミレニアム〉で終え、2018年を〈ミレニアム〉で始めるのは、読書家にとって幸福な体験になるだろう。

(杉江松恋)

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