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大切なことを本気で教えてくれる奥田亜希子『リバース&リバース』

大切なことを本気で教えてくれる奥田亜希子『リバース&リバース』

 出版業界が斜陽と言われて久しい。スマホやゲームなど他に娯楽のツールが多々存在する現状を鑑みれば、ある程度しかたないことだとは思う。しかし、本そのものに魅力がなくなってきてるとか言ってる人にはちょっと待てと訴えたい。みんな知らないんじゃないの? 新しい書き手がどんどん現れていることを。そして、奥田亜希子って作家もそのひとりだってことを。

 本書の語り手はふたり。古くからある出版社の女子中学生向け雑誌『Can・Day!』の編集者である菊池と、長野の女子中学生・郁美だ。菊池は『Can・Day!』内で、「ハートの保健室」という読者からの人生相談的なコーナーの回答者役を6年間担当してきた。学生ライターを採用するための面接時に、応募してきた女子大生の仁木から「もしかして、ろく兄、ですか?」と驚かれるという場面も(「ろく兄」は、本名の「禄」からとったペンネームのようだ)。仁木は中学生時代、このコーナーを熱心に愛読していたと語る。しかし菊池は編集長の笹川から、「ハートの保健室」を大幅に縮小する方向で考えていることを通告されていた。ピーク時にくらべて編集室に届く手紙の数は半分以下になっており、読者アンケートでも「ハートの保健室」について触れられることは少ない、というのが理由だ。

 一方の郁美は、祖母の店であるひまわりストア(もともとは鶏肉屋で、食料品をはじめいろいろな品物を扱う。売り場の広さはコンビニの半分ほど)の店番をしたり、6歳年下の小学生の弟・大佑の面倒をみたりするしっかり者だ。ふわふわとはかなげな親友の明日花とは対照的なコンビ。夏休みのある日、店のお客として東京から引っ越してきたという同年代の男子と出会う。彼は明日花が大ファンであるアイドルグループ・コズミックレイズの雄飛に似ていた。

 菊池はかつて異性から言われた言葉に縛られているようである。例えば「雑誌編集者って、もっと面白い人がなるものだと思ってた」とか、「禄って優しいけどぱっとしないよね」とか、「禄と一緒にいても、すごく楽しかったりすごく悲しかったり、すごく腹が立ったりすることが全然なくて、それって一人でいるのと変わらないような気がする」とか。中でも中学時代に同じ吹奏楽部だった志村さんの言葉は、トラウマ級のひと言であるらしい。すなわち「菊池くんに、女子の気持ちは分からないよ」。いったいみんなろく兄の何を見ているのだろうか。どれだけ面白かろうがぱっとしていようが、ろく兄以上に相手の心に真剣に寄り添うことができる人がどこにいるというのか。読者のみなさまにもところどころに差し挟まれる回答の素晴らしさをかみしめていただきたい。仁木も「絶対になくさないでください」と懇願した「ハートの保健室」は果たして…?

 郁美や明日花もろく兄のファンだ。中学生、特にしゃれた洋服やスイーツの店などが少ない地方の子たちにとっては、雑誌に載る情報が大きな意味を持つ(最近は何でもネットで調べられるけれども、紙媒体の雑誌はまだまだ必要とされていると思いたい)。『Can・Day!』を含め好きなものはすべて分け合ってきたふたりだったが、雄飛似の道成が現れたことで微妙に関係が変化してきていた。明日花と道成の仲が進展することを恐れた郁美は…。

 私がこの小説でいちばん好きなキャラクターは、郁美の祖母だ。大佑の同級生でアトピーの症状が出ていた男の子をからかった子どもたちに対し、彼らを一列に並ばせて「おまえの額が狭いのはおまえが選んだことなのか、おまえは自分の意思で額にホクロをつけたのか」と順に説教し、「自分では選べないようなことを持ち出して誰かを傷つけるのは、最も品性の下劣な行為だ」と叱れる「正しい人」。ほんとうに、こんなことは誰もが家でだって学校でだって教わっているはずなのに。「みんなちがって、みんないい」ということをこの小説は、いや、奥田亜希子という作家は、本気で私たちに教えてくれる。

 奥田さんがもうひとつすごいのは、表現の巧みさである。ひとつ例をあげるとしたら、明日花が何人もの男子から告白される様子を「遠い国の絶景をみるように思った」と。奥田作品そのものが「絶景」みたいなものだと思うけど。

(松井ゆかり)

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