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【住む街ガイド】小説『赤ヘル1975』の舞台・広島市中区は、カープを愛する水の都だった

広島市民にとってはカープは生活の一部といっても過言ではない。それを踏まえ『赤ヘル1975』を読むと、広島の街の違った表情を見ることができた赤ヘル1975 重松清・著 950円 講談社文庫

赤ヘル1975
重松清・著 950円 講談社文庫『赤ヘル1975』のあらすじ

広島カープの帽子が、濃紺から赤に変わった1975年。まだ原爆の傷痕が生々しく残る広島の町を舞台に、野球少年のヤス、新聞記者志望のユキオ、転入生のマナブが、クラスメイトや周囲の大人たちと共に弱小貧乏球団の初優勝を見守る熱量抜群の長編作。山本浩二、衣笠幸男、高橋慶彦など往年の名選手も登場。カープ女子ならずとも読んでおきたい名作だ。「水の都」には熱い気概が潜む

広島市を訪れると、それが夏であってもどこか涼しげな気持ちになる。それもそのはず、太田川の三角州に設けられた広島の街は、市街地における水面面積では全国でトップを争う。16世紀末に毛利氏が築城して以来、水辺を生かした都市づくりをしてきた、まさに「水の都」。

商店街や観光施設、文化施設なども多く水辺に立地しているが、市街の整備が進み、交通の便も良い。市内を巡る路面電車は古い車両も走り、これも街の風情に一役買っている。そんな印象と異なる広島の一面を重松清の『赤ヘル1975』は映し出す。表題のとおり、本作は広島東洋カープがセ・リーグ初優勝を果たした1975年の話。誰もがカープのリーグ制覇など夢にも思っていない頃、中学1年生のマナブは東京から広島へ引っ越す。そこでマナブはヤスとユキオと出会い、広島に馴染んでいく……。

作中ではカープ快進撃に熱を帯びていく当時の街の様子が克明に描かれている。いかにカープが地元に愛されているか。そして3人の少年の友情から、水の都に宿る熱い人の心を感じ取れる。一方、原爆の被害も生々しく描かれている。1975年は原爆投下から30年。『「今後七十五年は草一本生えない」とさえ言われている街』と作中で書かれており、当時の盛り上がりの背景に暗い歴史があったことが示唆される。

作品を思い返し街を改めて見渡すと、人々の活力が目に見えるよう。作中に登場する相生団地や広島市民球場などは姿を変え、その跡を残す。ただ取り壊すのではない。広島の建築物からは「過去を乗り越え良くしていこう!」という街の気概が伝わってきた。小説に登場するスポットを歩こう!広島市周辺のスポットMAP 広島市周辺のスポットMAPスポット①:相生通り相生通りは広島のメインストリートだ

相生通りは広島のメインストリートだ

広島市民球場や平和記念公園など作中のキースポットを面する大通り。紙屋町と八丁堀という2つの大きな繁華街を結び、広島電鉄本線が通る。

●住所:広島市中区十日市町1丁目付近
●アクセス:広島電鉄十日市町駅から徒歩2分スポット②:基町団地~10年がかりの再開発事業によって、 高層アパートの立ち並ぶ団地に生まれ変わろうとしている~と作中で描写される基町団地

~10年がかりの再開発事業によって、 高層アパートの立ち並ぶ団地に生まれ変わろうとしている~と作中で描写される基町団地

広島市中区基町の本川沿いに広がっていた原爆スラムの跡地に「基町地区再開発計画」でできた団地。そのため、「広島復興の象徴」と評されることもある。マナブの住む相生団地の近くであり、作中では建設中だった。

●住所:広島市中区中島町1丁目
●アクセス:アストラムライン城北駅から徒歩2分スポット③:旧広島市民球場跡地広島市民球場は1957年7月の完成以降、2009年3月31日まで広島東洋カープの本拠地だった

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