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所持金100円から「シンハルツアー」の社長へ!ネパール人男性が語る成功の秘訣とは?

所持金100円から「シンハルツアー」の社長へ!ネパール人男性が語る成功の秘訣とは?

こんにちは。2017年1月より世界一周をスタートした「しゅん」です。旅とは人との出会い。ならば、その出会いを最大化させる旅にしたい——。そんな想いから、世界の100人に密着インタビューをしながら世界中を旅しています。

今回は世界一周連載企画の第4弾として、ネパールで出会ったモウサムさんの波乱万丈な人生「所持金100円のどん底から現地ツアー会社『シンハルツアー』の社長になるまで」についてご紹介します。
 

迷路のように入りくんだ、タメルという不思議な町。

photo by Shun

エベレストまたの名をチョモランマ。ヒマラヤ山脈にある世界最高峰の山です。世界の最高峰、この地上で唯一無二の場所である、エベレストの頂をベースキャンプからこの目で見るために、ぼくはネパールへとやってきました。
 
エベレストベースキャンプトレッキングは、スタート地点のルクラから、ゴール地点のベースキャンプまで往復で2週間ほど。きちんとした登山用の装備を整え、また信頼できるガイドを雇うために、ネパールの首都カトマンズにあるタメル地区へとやってきました。

タメル

photo by Shun

迷路のように入りくんだ、不思議な町タメル。バックパッカーの聖地とも呼ばれるタメルは、ローカルな食堂、安宿、トレッキング用品店が路地裏にまで溢れ返っており、大通りからはパッと見て全貌が掴めません。
 
そんな不思議な町タメルで、トレッキングのガイドを手配する際に出会ったのが、小さな現地ツアー会社を経営するモウサムさんでした。

モウサムさん「もし登頂できたら、美味しいネパールカレーとビールをご馳走します。だから必ずエベレストベースキャンプまで辿り着いて下さいね。」

ただのお客さんではなく、友達のような近い距離で接してくれるモウサムさん。タメルに滞在している時は、毎日オフィスに遊びに行きチャイをご馳走になっていました。

「モウサムさんはどうして日本語が堪能で、ネパールで現地ツアー会社を開くことにしたんだろう?」その理由が気になり、聞いてみることにしたんです。
 

所持金100円!!どん底から這い上がり現地ツアー会社の社長へ。

photo by Shun

しゅん「なぜネパールで、日本人相手の現地ツアー会社をオープンしたんですか?」

モウサムさん「その質問に答えるために、少し昔話をしますね。私はネパールのグルカという田舎村で4人兄弟の長男として産まれました。10歳の時にお父さんが亡くなってしまい、貧乏でご飯を食べれなくなってしまったんです。そこで中学校には行かずに、生活費を稼ぐために11歳の時に友人3人と出稼ぎに首都カトマンズへ行くことに。当時の所持金はたったの100円。1週間かけて首都カトマンズへ、レストランの残り物を食べながら裸足で歩いて行きました。」

しゅん「えっ………。(全く予想していなったエピソードに絶句)」
 
モウサムさん「カトマンズでは、喫茶店で水汲みや皿洗いとして1年間働きました。給料は月たったの300円。それを田舎の家族へ仕送りしてました。」

しゅん「月給が300円だなんて…。そのどん底の状況から抜け出すきっかけは何かあったんですか?」
 

photo by Shun

モウサムさん「仕事は大変でしたが一生懸命働いていると、その働きぶりが評価されたのか、よくチャイを飲みにくる常連さんにこっちで働かないかと誘われたんです。それが旅行会社『ハルツアー』を経営している日本人の社長さんでした。そこでお客さんとの会話を聞きながら、日本語を勉強しました。だから私の日本語は完全な独学なんです。」

しゅん「日本人の社長さんが助けてくれたんですか!!同じ日本人としてそれを聞けて嬉しいです。それから旅行会社を継いだんですか?」
 
モウサムさん「日本語も話せるようになり、会社のマネージャーになったその頃でした。ネパールが内戦で厳しい時代に入ったのです。日本人の社長さんが日本へ帰ることになり、一緒に日本へ行くことになりました。日本に住んでいた6年間、仕事を頑張って、そこで初めて敬語を学びました。」

しゅん「どんな環境や状況であっても、ひたむきに努力する姿勢は本当に素晴らしいと思います。」
 
モウサムさん「ありがとう。そのあとネパールに帰国して、現地ツアー会社をオープンするにあたり、命の恩人である『ハル(春)ツアー』から名前を貰って『シンハルツアー』にしたんです。」

しゅん「なるほど。頭に『新』を付けて、新春(シンハル)ツアーっだったんですね。ハルツアーの魂を受け継ぐ。ロマンに溢れていて感動してしまいました。」

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