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広大なカーテンアンテナから世界に安心を 日本唯一の『短波』国際放送送信所

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関東地方のほぼ中央に位置する茨城県古河市。JR古河駅から東北東に10㎞ほど進むと、林立する鉄塔郡が並ぶ場所があることをご存知だろうか? 青空を突き刺すように立ち並ぶ紅白の鉄塔郡は、美しいコントラストと迫力を放つ壮観な光景だ。果たして、この鉄塔群は?

東京ドーム22個分の敷地に広大なカーテンアンテナがあった!

実は、これらの鉄塔郡は日本で唯一の海外向け短波放送を行う「KDDI八俣送信所」だ。その歴史は古く、なんと70年以上も前の1941年に開設。以来、今この瞬間も、世界各地に短波放送を送信し続けている。約100万平方メートル(東京ドーム22個分!)という広大な敷地内には、アンテナの一部である紅白の鉄塔が数十本建ち並ぶ。今回は壮大なスケールの「KDDI八俣送信所」を探訪したい。

さて、短波と聞いて「懐かしい」と感じた方もいるのでは? 実は1970年代後半頃には、海外の短波放送を聴くことが小中学生のあいだでブームとなった。そもそも短波放送とは、遠距離通信に適した周波数3~30MHzの電波を使用して、遠く離れた海外などに音声や音響を送ることができる放送だ。一カ所から広範囲に送信できるため、非常時の通信や、遠洋の船舶通信や国際線航空機用の通信などに用いられている。

「KDDI八俣送信所」から送信している番組は、「NHKワールド・ラジオ日本」。政治や経済などの最新情報から日本人の暮らし、文化などを世界へ向けて発信するのだが、なんと南極の昭和基地でも難なく受信できるというから、短波放送の伝播力たるや恐るべし。

送信所の鉄塔をよく見ると、2本の鉄塔の間に細かい網目状の導線が張り巡らされている! いったいこれは?

実は導線(エレメント)がアンテナの役割を果たしていて、カーテン状の網から電波を送っているのだ。このカーテンアンテナは、紅白の鉄塔2本と白の鉄塔1本の間に導線を張り巡らせたもので、大電力の電波が発射でき、遠距離向けの送信に適している。ほかには、水平LPアンテナがある。水平LPアンテナは2本のトラス柱で支えたもので、比較的近距離に広範囲で電波を送信することができるため、朝鮮半島や中国などに発信するように使われている。送信所で使用するアンテナはこの2種類だ。


左:カーテンのような形状のカーテンアンテナ。計15式を設置している
右:水平LPアンテナ。計3式を設置


鉄塔間に張り巡らされたアンテナ。線によって描かれる緻密な幾何学模様は、まるでアート作品のよう

送信所のアンテナ配置図を見てみると、アンテナが世界各国へ向けて敷地の東西南北に設置されていることがわかる。


局舎の屋上にあるアンテナ配置図。短波を世界中へ発信する

たとえば、敷地内の東側に設置されたアンテナ群からはアメリカや南米へ、南側からはオセアニアへ向けて短波を送信している。


こちらが東側に設置されたアンテナ群

西側のアンテナ群からは朝鮮半島や中国、欧州からアフリカまで、北側からはロシアへ向けて送信しているのだ。世界各国に向けて方角を合わせてアンテナを設置するとは、なんともスケールが大きい!


西側に設置されたアンテナ群。空気の澄んだ日には南西に富士山が見えることも

送信所が茨城県古河市にあるのも理由がある。実はこのあたりは台風の被害や雪害が少なく、関東平野の真ん中なので海風などの塩害もないうえ、少し高台になっているので洪水の心配もない。民家との距離も比較的確保できる。これほどの好条件な立地はほかにはないのだ。


空から見た「八俣送信所」。関東平野の中心に位置し、周辺に民家などは少ない

虫除け対策で芝刈り、アンテナも定期的に張り替え

さて、これほど広い敷地ならメンテナンスが気になるところ。

実際に取材して驚いたのが、敷地内の大半が芝生であること。それも、きれいに刈り込まれているのだ。芝が伸びていると虫が発生しやすくなる。羽虫やバッタなどの虫類が高圧線に引っかかってスパークを起こすと、安定した電波を送ることができなくなるのだ。そのため、東京ドーム22個分という広大な敷地で、定期的に芝生の手入れを行っているという。

アンテナのメンテナンスにも力を入れている。使用しているアンテナの9割は、1980年代後半に設置されたもの。約30年も使用しているため、タイミングを見計らってカーテンアンテナの張り替えと点検を行う。なんと偶然にも、取材日にアンテナの点検が行われていた。さっそく見てみよう!

作業員を乗せたゴンドラは、みるみるうちにクレーンを伸ばして地上から30〜40mの高さへ。取材当日はわりと風が吹いていたこともあってクレーンが小刻みに揺れ、下から見ているとひやひやもの。


クレーンが少しずつ伸びて……た、高い! アンテナの状態やテンションを点検中

ゴンドラから、テンションの加重を計測しながら機械でアンテナを張り、最後に目視や手で触れて確認する。

ちなみに高所作業車が届かない箇所の点検は宙乗りで行う。ゴンドラには2名が乗っている。


宙乗りのブランコを移動させながら点検を行う。それにしても高い!


アンテナ・ビフォーアフター。左が完成前。導線がたるんでいると、安定して電波を送ることができない。完成後は右のようにピーンと張った美しい形に

大気上層から跳ね返して短波を送る!?

メンテナンスひとつとってもスケールの大きい「KDDI八俣送信所」。ここでひとつの疑問が。そもそも、短波放送はどうやって海外に電波を送っているのか? 短波放送は「ラジオ放送の一種」だが、AMやFMとの最大の違いは「周波数」だ。AMは短波よりも波長の長い「中波放送」の一種で、FMは「超短波放送」の一種。2つに共通するのは「アンテナの近くにしか電波が届かない」ということ。

一方、短波放送の電波は、大気層の上層部、上空約60〜500kmにあって電波を反射する性質のある「電離層」まで届いて反射し、地上に戻ってくる。こうして、地上と「電離層」の反射を繰り返しながら、遠くまで伝わるというわけだ。


各放送の電波の伝播イメージ。AMやFMは電波が伝わる地域が狭い。短波放送は、電離層と地表で反射を繰り返しながら遠くまで伝わる。衛星放送は人口衛星に電波を送り、そこから地上に電波を送る

こうしたことから、短波放送は、「長距離通信」が「簡単に行える」有効な手段といえる。

続いて、短波放送をコントロールする管制室をのぞいてみた。ここでは、その日の放送スケジュールに沿って、「何時に」「どの地域へ」電波を発信するかを確認しながら送信機の制御を行う。アンテナに異常が生じた場合、警報が鳴るのもこの部屋で、必ず2名の局員が24時間体制で監視しているのだ。


管制室。各アンテナの送信状況などがひと目でわかる

また、送信所の心臓部分ともいえる送信室には、大電力300kWの送信機が4台、100kWが2台、計7台で全世界への送信をカバーしている。各国へ送信する際は、ラジオのつまみを動かしてチューニングするように、送信機が自動で調整を行い、電波を安定的に送信する仕組みだ。非常に精密に動くので部品交換の頻度も高く、50cm長もある円筒の部品を局員が交換するという。


左:送信室。ブーンとうなるようなモーター音が響く
右:送信機の内部には円柱状の真空管が

有事の際にも正しい情報を発し続ける短波放送

広大な敷地に複数のアンテナ群、それを支える技術者たち。これほどまでに施設と人力をつぎ込んで、短波放送を海外へ届け続ける意義はなんだろう? 「KDDI八俣送信所」の堀江 孝マネージャーに話を聞いた。


KDDI技術統括本部 八俣送信所マネージャー 堀江 孝

短波は、常に日本の正しい情報を世界に発信するという責務を担っています。インターネットや電話が世界中に普及していますが、大規模な自然災害や政情不安などの有事には、通信がつながりづらくなる場合もある。過去には、情報遮断のために意図的に通信を切る事例も多々見られました。そうした場合でも、短波で情報を発信することで、世界中に日本の正しい姿を伝えることができるのです」

実は、東日本大震災が起こった当初、海外の一部報道でデマが飛び交ったが、被害状況や政府の対応などを短波放送で逐一伝えたことで、デマが収束していったという。また、外務省は渡航者へ短波ラジオを携帯するよう、アナウンスを行なっている。2014年にタイでクーデターが発生したときには、タイ国内でTV放送が遮断されたため、現地で日本の状況がわかるよう、タイへ向けて「NHKワールド・ラジオ日本」の24時間臨時送信を行なった。

このように、国内外の政情に合わせて瞬時に対応し、情報を発信し続けているのが「八俣送信所」なのだ。

とはいえ、世界的に見ても、短波は縮小傾向にあるのが現実だ。

「すでに、送信機は日本製が作れなくなってしまい、当所で使用しているのも多くは海外製です。現在、40代の技術者を育成中ですが、もしも短波放送の需要が減って技術の継承ができなかった場合、日本の短波放送は消滅してしまいます


取材時に送信機の内部や用いられている技術を説明してくれた

短波放送が存在しなくなると、非常事態時に日本からなにかを発信することができなくなるという可能性があります。短波放送の発信は利益ではなく、国益なのです」

普段の生活で聴くことは少ない短波放送だが、日本の危機管理という面では大きな役割を担っている。それだけではなく、いま短波ラジオをチューニングすれば世界各国の放送を聴くこともできる。


左:現在発売されている短波ラジオや受信機。1万円前後から数万円台までいろいろ
右:かつて販売されていたソニー製の高級短波放送受信機。今でも十分クリアな音で聞こえる

「いろんなメディアをきっかけに短波のことがもっと世間に知られて、“短波ファン”が増えてくれたらうれしいです。やっぱりラジオって面白いですから」

ニッコリと微笑む堀江。技術者である彼もまた、その魅力に取り憑かれた“短波ファン”のひとりなのだ。

実は、送信所の近くにある「三和郵便局」で使用している風景印には、「KDDI八俣送信所」のアンテナが描かれている。鉄塔群やカーテンアンテナは、地元のシンボルでもあるのだ。


「三和郵便局」で使用している風景印

存在自体は決して派手ではないが、八俣送信所は今日も休むことなく日本の正しい姿を世界へ発信し続けている――。


夕焼けを受けるアンテナ群。この風景も地元の風物詩だ

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