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サンシャイン池崎を・・・穴が開くほど調べてみた!(その1)

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サンシャイン池崎を・・・穴が開くほど調べてみた!(その1)
巷に溢れる疑問をあっさり解決してしまう、敏腕リサーチャーがいる。そんな彼は職業柄、様々なことを穴が開くほど調べてしまう癖がある・・・。それはタレントのプロフィールに関しても同様だ。今回は空前絶後の大ブレイク芸人「サンシャイン池崎」の年表をご紹介しよう。敏腕リサーチャーの汗と涙の結晶を是非ご堪能あれ。

サンシャイン池崎(本名: 池崎慧/いけざき さとる)

【年表】1981年10月9日鹿児島県鹿屋市に生まれる。
幼少期(幼稚園~小学生時代)子供の頃からハイテンションだったと語り、幼稚園ではクラスの人気者だったそう。小学生の頃からバラエティ番組を観ており、当時からお笑い芸人に対して憧れを抱いていた。ちなみに・・・実家は自営業で、タバコの葉を栽培していた。幼稚園に通っていた頃、父親のタバコの不始末が原因で、工場が全焼してしまう事件が起きた。
中学生時代(13歳~15歳)中学生時代、部活は3年間卓球部(県大会出場経験あり)。お笑いへの熱は冷めることはなく、友人とコンビを組んでコントを披露することもあった。
高校生時代(16~18歳)明治時代に開学した伝統校、鹿屋高校に進学。同校は、地元では進学校として知られ. 難関大学に進学する卒業生もいる。高校生時代の部活はボート部(県大会2位、九州大会出場経験あり)。
大学生時代(19~22歳)高校が進学校で、周囲があまりお笑いという空気ではなかった・・・。みんなが進学するからなんとなく大学に行った(大分大学 工学部)。大学生になると、再びみんなの前でコントやネタを披露するようになった。
2005年4月(24歳)大学卒業後、就職するつもりは毛頭なかった。当時交際していた彼女(大学4年生時の彼女)の勧めで2005年4月、ワタナベコメディスクールに2期生として入学、2006年3月に卒業。大学で知り合って一緒に上京してきた親友と、コンビ「ソニックブラザーズ」を組んで活動をしていた。2007年9月に解散(9月15日更新のブログで解散を発表)。後は、ピン芸人として活動。芸人として初めて演じたネタは「柔道コント」。
2008年(27歳)「エンタの天使」でテレビ初出演。R-1ぐらんぷりでは、二回戦進出。ピン芸人となった後もなかなか売れずに、テレフォンアポインターなどのアルバイトをしながらお笑いを続けた。しかし2013年ごろから絶叫ネタのスタイルを確立すると、徐々に露出が増えていき、その後は多くのバラエティ番組にも出演するようになる。
2013年8月24日(31歳)自身初の単独ライブ『サンシャイン池崎単独ギャラクシー 第一撃「天」』(東京・下北沢 しもきた空間リバティ)を行う。
2014年(32歳)2014年5月26日から、定期(毎月)自主ライブ「イチヌケ」をロビンソンズ、しんのすけとシャン、サンシャイン池崎の同期3組で開始。R-1グランプリで準決勝に進出し、知名度が徐々に高まっていく。
2015年(33歳)2015年2月12日開催のワタナベエンターテインメント所属芸人対抗『最笑王座決定戦』にて優勝。本人によれば、これ以後忙しさは数十倍になったとのこと。2015年8月8日に東京・渋谷ユーロライブで行われた「池崎-1グランプリ2015」で、“3億4567万8933組の池崎”の中からサンシャイン池崎が初優勝。
2016年(34歳)2016年のR-1グランプリは復活ステージ3位で初の決勝進出を果たした。2016年から2017年の年末年始にかけて放送された『絶対に笑ってはいけない科学博士24時!』(日本テレビ系)に俳優の斎藤工と共に出演した。
2017年(現在)2017年のR-1グランプリは前年同様に復活ステージを勝ち抜き、準優勝という結果を出した。

次回はそんなサンシャイン池崎が、いかにして今の地位を掴んだのか。芸人になることを決意したきっかけなどを自身のインタビューなどから抜粋したものをご紹介したいと思う。乞うご期待!!

(Written by ちゃかし)

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