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ふるさとに帰って蕎麦屋になる。離島でよみがえった屋号。

ふるさとに帰って蕎麦屋になる。離島でよみがえった屋号。 新潟市内の港から、日本海を進むこと約1時間。そこには”離島”という言葉よりも実際にはずっと大きい佐渡島(さどがしま)がある。ふるさとに帰って蕎麦屋になる。離島でよみがえった屋号。

現在は島全体が佐渡”市”となり約5万6,000人が暮らしているが、ほかの地方と同様に、人口減少や高齢化が進んでいるという。しかし、そんな佐渡のとある集落に、多くのお客さんがわざわざ各地から出向いてでも食べに行く、という蕎麦屋「茂左衛門(もぜむ)」がある。

ここで蕎麦を打つ理由

ふるさとに帰って蕎麦屋になる。離島でよみがえった屋号。Photo by 伊藤ヨシユキ

佐渡の港町、両津で生まれ育った店主の齋藤和郎(さいとうかずお)さんは、多くの佐渡出身者がそうであるように、進学を機に東京へ出た。「将来的にはいつか佐渡島に戻って、地元のためになることをしたい」という思いを抱えながら、卒業後は東京で地域計画のコンサルタントとして勤務。

しかし当時は、まだバブル景気が残る時代。地域おこしといえば常に建設計画が中心だった。果たして大型の建物を中心にした地域再生計画が本当に佐渡にとって必要なことなのか。それ以外にもっと個人サイズのことで何かできないだろうか。

さまざまな考えをめぐらせる日々を過ごしていたという。

「何かひとの手で作れるもので、佐渡の良さが活きることを学びたい」

元々なにかを作ることが好きだった彼は、島のためになる「学び」を模索し始める。そして、尊敬する歴史家から「佐渡島における蕎麦文化の大切さ」を教わったことをきっかけに、蕎麦屋になることを決意した。

10年間の修行を終えて
家族で佐渡島へ

ふるさとに帰って蕎麦屋になる。離島でよみがえった屋号。Photo by 伊藤ヨシユキ

東京の人気店で修行を終え、2014年、ついに佐渡で蕎麦屋をオープンすることに。ひとりで島を出た彼が、戻るときには奥さんの佳子(よしこ)さんと息子さんを連れ、家族揃ってのUターン移住だった。

条件にあう古民家に出会い、店の名前を「茂左衛門(もぜむ)」とした。

この名前は、佐渡に続く屋号文化で、かつてこの家屋につけられた“通称”。その昔この古民家には茂左衛門と呼ばれていた人が住み、この家そのものも茂左衛門と呼ばれていた歴史の証だ。時が流れ住む人が変わろうとも、今もここは茂左衛門なのだと聞き、店名として即決。

「どこか、外国語のような音の響きも今の時代にぴったりじゃないかなって」

と、斎藤さんは笑う。 

蕎麦 茂左衛門さん(@sobamozem)がシェアした投稿 – 2017 3月 13 11:26午後 PDT

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