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ハンブル・パイのブリティッシュハードロックのエッセンスが詰まった名盤『スモーキン』

60年代から活躍するアーティストたちは70年代を前にして、プログレ、ハードロック、サイケデリック、ジャズロックなど、次々と新しい形態のロックが生み出される現場で、自らのアイデンティティーを探し求めていた。そんな中、アル・クーパーが68年にリリースした『スーパーセッション』はさまざまなアーティストやグループに影響を与え、スーパーグループ結成に拍車がかかった。レコード会社の押し付けではなく、名の知られたミュージシャン同士が演奏するというアーティスト主体の選択で、ブラインド・フェイス、ジェフ・ベック・グループなどと並んで満を持して登場したのがハンブル・パイであった。ハンブル・パイは、スモール・フェイシズ出身のスティーブ・マリオットとザ・ハード出身のピーター・フランプトンが中心となって結成された4人編成のグループ。今回はピーター・フランプトンが抜けたあと、クレム・クレムソン(元コロシアムの名ギタリスト)が加入しリリースされた第2期ハンブル・パイのご機嫌な6thアルバム『スモーキン』を紹介する。
これだけはおさえたい洋楽名盤列伝! (okmusic UP's)
第1期ハンブル・パイ

ザ・フーと並ぶモッズの人気グループであったスモール・フェイシズは、スティーブ・マリオットの超絶ヴォーカルが売りのビートバンドで、ブリティッシュロック界への影響力は絶大であった。スティーブの動向はアーティストたちからも注目されており、スモール・フェイシズ解散後、マリオットの新グループであるハンブル・パイが69年にリリースしたデビューシングル「ナチュラル・ボーン・ブギ」は全英チャートで5位まで上昇、順調なスタートを切っている。売りはもちろん、マリオットのソウルフルなヴォーカルとピーター・フランプトンの超絶テクニックを駆使したギターワークにあった。
スモール・フェイシズ時代から、マリオットはロバート・プラント、ポール・ウェラー、ポール・スタンリーから師として崇められ、レッド・ツェッペリンやザ・ジャムのサウンドはスティーブ・マリオットが創った音楽からインスパイアされている部分が多い。ただ、ハンブル・パイはブルースやR&Bが出自のハードロッカーであるマリオットと、ポップスやフォーク(カントリー)ロックをルーツに持つフランプトンとの双頭バンドであり、デビューアルバムの『As Safe As Yesterday Is』(‘69)から4thアルバムの『Rock On』(’71)までは、ハードロックからカントリーロックまでと幅広い音楽性で勝負しすぎており、その辺がリスナーにとっては戸惑う部分でもあったことは否めない。
僕としては(結果論ではあるが)、70年代初期という時代を考えるとハードロックならハードロック、ブルースならブルースと、一本筋の通った方向性で勝負するほうが良かったのかもしれないとは思う。実際、ハンブル・パイは何がしたいのか、当時の僕のような中学生リスナーにはよく分からず、熱心なファンにはなれなかったのも事実なのである。
最高のハードロックグループで あることを証明した傑作ライヴ盤

ところが、5thアルバムとなる『Performance Rockin’ The Fillmore』(‘71)では、スティーブ・マリオットが完全にイニシアチブをとっており、全編ハードエッジなロックで勝負している。これは当時ロックの聖地でもあったフィルモア・イーストで収録されたライヴ盤で、アメリカツアーの模様を収めたものだ。全米チャートで21位、全英チャートでも32位と世界にその名を知られることとなった。LP発売時は2枚組と高価ながら、日本でも一挙にファンが増えた。マリオット絶頂期のソウルフルなヴォーカルとフランプトンのテクニカルなギタープレイにより、ロック史上最高のライヴ盤のひとつに数えられる出来となった。
なぜ、このライヴでは何でもありのハンブル・パイから、ブルース、R&Bを中心にしたハードロック一本に絞れたのか。僕はそこにはふたつの理由があると考えている。まずひとつ目は、このライヴは5月のフィルモア・イーストでの公演を収めたものだが、同年3月、オールマン・ブラザーズ・バンドのロック史上に燦然と輝く傑作ライヴ『ライブ・アット・フィルモア・イースト』の収録が行なわれており、彼らが実際にその公演を観たかどうかは分からないが、少なくとも音源は聴いたのではないか。そして、それにハンブル・パイの連中は相当の影響を受けたのだと思われる。なぜなら、『Performance Rockin’ The Fillmore』での演奏(特にフランプトンのギター)では、その端々にオールマン的なフレーズを使っていること、アドリブを活かした長尺曲を演奏していること、ブルースナンバーが多い(全7曲のうち、オリジナルは2曲だけで残り5曲はブルースとR&Bのカバーである)ことなどから僕はそう考える。
そして、もうひとつの理由は、このアルバムのリリース後、しばらくしてフランプトンはハンブル・パイを脱退する。おそらく、ライヴ収録の時点ですでにソロになることを決めていたのだろう。だからこそ、グループへの思い入れやマリオットとの確執もなく、単なるギタープレーヤーとして弾きまくることができたと思うのだ。もちろん、演奏曲のセレクトにも口を出すことなくマリオットに全面委任していたはずだ。フランプトンはこの後ソロとなり、アメリカで大成功するわけだが、その『フランプトン・カムズ・アライブ』(‘76)は以前このコーナーで取り上げているので興味のある方はお読みいただきたい。
■『フランプトン・カムズ・アライブ』(‘76)/ピーター・フランプトン

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