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細野晴臣の『Heavenly Music』は流行とは無縁の名曲が詰まったカバー集だ

21世紀になってからの細野晴臣の活動は悠々自適と言っていいだろう。自分の好きな音楽をやることに徹底しているようである。時代や流行にとらわれず、本当にしたい音楽を素晴らしい仲間たちとやるというのは実に贅沢なことで、それは聴いている者にとっても至福の時である。本作『Heavenly Music』はほとんどカバーばかりのアルバムであるが、細野にとってはオリジナルであろうがカバーであろうが大した違いではない。要するに、細野晴臣としての“良い音楽”を提示することが大切であるからだ。それだけに、選曲された曲は地球のパブリック・ドメインとも呼べる名曲ばかりとなっている。
『これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!』 (okmusic UP's)
グッドタイム・ミュージック

2007年、ハリー細野&ワールドシャイネス名義で『FLYING SAUCER 1947』がリリースされた時、みんなはカントリー&ウエスタンのアルバムって言ってたけど、カントリー&ウエスタンなんて言葉、今は死語だよ。それに『FLYING SAUCER 1947』はカントリーっぽいけど、どちらかといえばウエスタン・スウィングとかカントリー・ブギみたいなスタイルが多いから、グッドタイム・ミュージックと呼ぶほうがすっきりすると僕は思う。
アメリカで50年代末頃に巻き起こったフォーク・リバイバルでは、白人黒人を問わないストリングバンドとか、ジャグバンド・ミュージック、ブルーグラス、カントリー・ブルースなんかに注目が集まった。グリニッチ・ビレッジ周辺のミュージシャンは、そのあたりの音楽を自分の血肉にして、60年代から70年代初頭にかけて新たなアメリカン・ミュージックみたいなサウンドを生み出していった。ボブ・ディランはもちろん、デイブ・ヴァン・ロンク、エリック・アンダーソン、ジョン・セバスチャン、ジェリー・ジェフ・ウォーカー、ジョン・ヘラルド、ジェフ・マルダー、ハッピー&アーティー・トラウムら、良いアーティストが次々に登場するのだが、この頃のアメリカではそんなに売れないけれど、リスナーにとって人生の伴侶ともなるべき素晴らしいアルバムが数多くリリースされていた時代である。
『FLYING SAUCER 1947』は、それらのフォークシンガーやシンガーソングライターのような音が詰まっていた。1940年以前のジャズやブルースを取り上げるレオン・レッドボーンや、古いポップスやジャズなどを独自の解釈で演じるダン・ヒックスみたいなスタンスで、細野はこのアルバムを作ったのかもしれないが、彼らと違うのは、細野は決してこのアルバムで売れようとは考えていないことだ。自分が楽しむために自分なりのグッドタイム・ミュージックを演奏しているようにしか思えない。どちらにしても、細野晴臣はテクノやアンビエントのようなとんがった音楽ばかりを追求しているわけじゃなく、地味だけど良いシンガーソングライターもちゃんと見てるよってことが若い人に伝わったことが、このアルバムの大きな意義のひとつだと思う。
日本へのこだわり

もちろん50歳以上の音楽好きの人間にとって、細野の生み出す音楽については、それが好きであろうと嫌いであろうと必ずチェックしていたものだ。だから、エイプリルフールの頃から、彼が“日本”というものにこだわっていたことも知っている。ロックは英語でやるものという思い込みを、はっぴいえんど時代にはひょいと覆してみせた。ニューオリンズ、沖縄、テクノを手がけていた時でさえ、彼の“日本”へのこだわりは大きな意志であったと思う。
しかし、『FLYING SAUCER 1947』やその次の『HoSoNoVa』(‘11)を聴くと、日本へのこだわりをあまり感じなくなった。それは彼のアーティスト性が世界レベルに達した(もちろん、昔からミュージシャンとしては世界レベルだけれど、自分の意識として)からかもしれないし、彼の音楽が彼の中で熟成したからかもしれない。
本作『Heavenly Music』について

さて、2013年にリリースされた本作は、1曲を除いて全てカバー曲で占められている。ところが、カバーというよりはオリジナル盤としか思えないほど細野らしいサウンドとなっているのだ。それはなぜか。話は簡単だ。どの曲も彼の一部となっているほど身に染みついた音楽だからである。
テイストとしては、先にも挙げたジョン・セバスチャンの『Tarzana Kid』(‘74)、ジェフ・マルダーの『Is Having A Wonderful Time』(’75)、レオン・レッドボーンの『On The Track』(’75)みたいな味わいである。オールド・ジャズ、ブギ、カントリー、ウエスタン・スウィング、ブリルビルディングのポップス、30〜40年代のアメリカ映画音楽などから、細野の音楽フィルターを通したグッドタイム・ミュージックがぎっしり詰まっている。
アルバムの白眉はザ・バンドのカバー「All La Glory」と「When I Paint My Masterpiece」(オリジナルはディランであるが、これはザ・バンドの「カフーツ」収録ヴァージョンだろう)の2曲。どちらも文句なしの名演である。他にも、カーペンターズでお馴染みの「Close To You」のアレンジがカッコ良くて、ちょっとゴシックっぽい雰囲気の細野のヴォーカルに絡むデビッド・ラノアみたいな浮遊するペダルスティールが完全にはまっている。マリア・マルダーの気怠さに似た「My Bank Account Is Gone」では、ドクター・ジョンっぽいピアノとスライドギターが最高だ。そして、「Cow Cow Boogie」へと続く曲の並びというか、アルバムの流れが天才的に巧い。これはきっと細野本人の仕事に違いないと思う。アルバム唯一のオリジナル(吉田美奈子との共作)「ラムはお好き? Part 2」はミュゼットやジプシージャズ風をバックボーンにした無国籍音楽で、リズムの面白さが際立つナンバー。ボックヴォーカルには吉田美奈子も参加、マリア・マルダーばりの枯れた味わいの歌声を聴かせている。アルバム最後の「Radio Activity」は他の曲とは違うタイプで、原曲はクラフトワークの75年作品。東日本大震災があっただけに、細野の原発に対する思いから収録されたものだと思う。
本作は長いこと聴き続けられる作品であり、やさしい日差しの休日、小春日和の縁側でお茶を飲んでいるようなサウンドになっている。その昔、エリック・サティが提唱した“家具の音楽”とは、こういう音楽のことを指すのではないだろうか。
細野晴臣を支える人たち

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