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『バンド・エイド』で時の人となったボブ・ゲルドフ率いるブームタウン・ラッツの『哀愁のマンデイ』

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ボブ・ゲルドフというアーティストは不器用な人だなと思う。75年にパンクバンドでデビューしたものの、自分の資質に合わないことが分かったのか、3枚目となる本作『哀愁のマンデイ(原題:The Fine Art of Surfacing)』ではポップなメロディー満載のニューウェイブへと方向転換し、一躍スターとなった。そもそもゲルドフは優れたメロディメイカーで、単調なパンクサウンドには合わないタイプ。どうやら少し遠回りをしたようだが、本作に収録されたシングル「哀愁のマンデイ(原題:I Don’t Like Mondays)」で世界中に知られることとなった。日本でも大いに売れたが、間違いなくロック史上に残る名曲のひとつである。
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チャリティーの先駆けとなった 『バンド・エイド』

1984年にリリースされたエチオピア飢餓救済のチャリティーソング「Do They Know It’s Christmas ?」は、後に続く「We Are The World」(‘85)などのようなチャリティームーブメントの先駆けとなり、世界中に衝撃を与えた作品となった。その後、翌年に開催された『ライヴ・エイド』は世界的な規模でのコンサートへと広がり、イギリス、アメリカ、オーストラリア、日本、オランダ、ドイツなどでコンサートは行なわれ、衛星中継で各国の様子がメディアに伝えられた。『ライヴ・エイド』のすごいところは、この後のチャリティーイベントや大きなロックフェス等のシステム作りを確立したことにある。現在、何万人も集まるフェスやチャリティー番組などが当たり前のように行なわれているが、それは『バンド・エイド』と『ライヴ・エイド』があってこそなのである。
この『バンド・エイド』と『ライヴ・エイド』を主催したのがブームタウン・ラッツのリーダーであるボブ・ゲルドフで、「Do They Know It’s Christmas ?」はゲルドフが作詞、ウルトラヴォックスのミッジ・ユーロが作曲している。これ以降、ゲルドフはチャリティー活動に尽力し、数々の叙勲や表彰でイギリスの大立者となった。驚くべきことには、ノーベル平和賞にノミネートされたこともある。『バンド・エイド』の活動はメンバーを変え、89年に2回目、2004年に『バンド・エイド 20』、2014年にはエボラ出血熱救済のため『バンド・エイド 30』が結成されるなど、まだまだ現役のイベントなのである。
ブームタウン・ラッツ結成

話は少し前に戻る。ブームタウン・ラッツはアイルランドのダブリン近郊でヴォーカルとソングライティングのボブ・ゲルドフを中心に、ギターのギャリー・ロバーツ、ジェリー・コット、ベースのピート・ブリケット、ドラムのサイモン・クロウ、キーボードのジョニー・フィンガーズという6人組の面子で、1975年に結成される。77年8月にシングル「Lookin’ After No.1」とアルバム『The Boomtown Rats』でデビュー、ゲルドフのパンクロック然としたエキセントリックなステージパフォーマンスで注目を浴びるものの、パンクロック・グループが乱立する中でさほど大きな評価を得ることはなかった。翌78年にリリースした2ndアルバム『A Tonic For The Troops』は全英チャート8位となり、シングル「Rap Trap」がアイルランド出身グループとしては初の全英1位を獲得、続いてリリースした同アルバム収録の「She’s So Modern」と「Like Clockwork」もヒット、人気グループの仲間入りを果たす。
この頃、時代はパンクからニューウェイブへと移り変わってきており、デビュー時からラッツのプロデュースを担当しているマット・ランジは基本的に時代に敏感なポップス志向の人なので、ゲルドフのソングライティングの根本がポップ的であることを見抜いていたのだと思う。ここでグループはパワーポップを意識したニューウェイブ路線へと舵を切ることになった。ただ、ヒットはしたものの『A Tonic For The Troops』では、パンク、パワーポップ、ニューウェイブが混在していて、アルバムを通して聴くとアンバランスさが目立つ仕上がりとなっていた。
本作『哀愁のマンデイ』について

そして79年、2ndアルバムのアンバランスさを払拭するかのような統一感のある3rdアルバム『哀愁のマンデイ』をリリースする。冒頭の「Someone’s Looking At You」を聴いただけで、これまでとはまったく違う音作りになっていることが分かる。チープさを前面に押し出したオルガンを中心に、シンプルだけれども骨太の仕上がりで、ゲルドフの歌の味わい深さがしっかり出た名曲である。初期のブルース・スプリングスティーンやエリオット・マーフィー、ジョン・プラインらのようなアメリカン・ルーツロック的なニュアンスもあるのだが、ブリティッシュ系ならではのゲルドフのヴォーカル(デビッド・ボウイやブライアン・フェリー的な)が個性的で、ここにきてブームタウン・ラッツのスタイルが完成されたと言っても良いだろう。
2曲目以降も新たなグループに生まれ変わったと言っても良いぐらい、歌、楽曲、演奏、どれをとってもツボを得た名曲に仕上がっている。もちろん、生まれ変わったとは言ってもパンクロッカーとしての毒もあるし、ダブ的な仕掛けなど細かい演出のおかげで何度聴いても飽きない作品になった。そして、何と言っても「哀愁のマンデイ」がアルバムの白眉で、この曲はニューウェイブですらなく、上質のポップスと言っても良いかもしれない。ソングライターとしてのゲルドフの才能が相当なものであることが証明された名曲だ。勘違いしている人は多いが、この曲はサラリーマンや学生の休み明けが辛いという内容ではない。実際にアメリカで起こった少女による無差別殺人事件を、ゲルドフが歌にしたものだ。犯人の16歳の少女は殺人の動機として月曜日が嫌いだからと言っており、ゲルドフはそれをタイトルにしたわけである。事件が起こってからそんなに時間が経っておらず、アメリカではこの曲をオンエアしないラジオ局が多かったために、リリース当初はあまりヒットしなかったのは残念である。
その後のラッツ

『哀愁のマンデイ』が彼らの最高のアルバムであることは間違いなく、これ以降、メンバー間の不和などもあって徐々にグループは失速していく。そして、84年にゲルドフは『バンド・エイド』へと進み名声を得ていくのだが、売れなくなったブームタウン・ラッツは86年にひっそりと解散している。
今年はラッツ結成40周年にあたり、アルバムのリリースを公式サイトで数カ月前から公表している。ただ、なぜかまだリリースされていないようだ。もしブームタウン・ラッツを聴いたことがないのであれば、40周年なのでぜひ本作『哀愁のマンデイ』を聴いてみてほしい。
TEXT:河崎直人
アルバム『The Fine Art of Surfacing』
1979年作品
 (okmusic UP's)

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