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SILENT SIREN × 原宿ASTRO HALL- the Homeground 第23回 –

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ライヴ活動を行なうアーティストの拠点となるライヴハウス。思い入れ深く、メンタル的にもつながる場所だけに、アーティストとライヴハウス、それぞれの目線から出会いや第一印象などを語ってもらった。もしかしたら、ここで初めて出る話もあるかも!?
 (okmusic UP's)
SILENT SIREN
サイレントサイレン:2010年夏、人気ファッション誌で活躍中の読者モデルたちで結成。等身大の彼女たちの音楽活動は原宿を中心に瞬く間にお洒落大好き女の子の間で話題となる。12年2月にデビューアルバム『サイサイ』を、7月には2ndアルバム『ラブシル』をリリースし、9月にゆかるんが加入。同年11月にシングル「Sweet Pop!」でメジャーデビューを果たし、15年1月には日本武道館での単独公演を成功させた。16年年末にユニバーサルミュージックEMI Recordsへの移籍を発表。同時にロゴ、バンド表記を全大文字へと一新した。
原宿ASTRO HALLは“悔しい”“もっとこうなりたい”という夢も置いてきた場所

──初めて原宿ASTRO HALLにSILENT SIRENとして立った日のことは覚えていますか?
すぅ
「結成してすぐの2010年かな? その時、ステージに立ってるのはパフォーマーも含めて5人でした。」
ひなんちゅ
「読モの男の子と女の子がランウェイを歩くようなファッションイベントで。そこに友達が出ていたので、紹介してもらって。出演し始めた最初の頃のイベントはファッションショーとライヴがセットになっていることが多かったですね。」
すぅ
「その頃、バンドをやってる読モの男の子たちもいたんだよね。」
ひなんちゅ
「L’Arc-en-CielさんとかRADWIMPSさんとかをコピーしてるバンドがいて、そこに出させてもらってました。その頃からオリジナル曲をやっていたんですけど、自分たちはまだまだ下手くそなのに、お客さんが満員なんですよ。だから、すごい売れているような感覚に陥り…(笑)。SuGさんと一緒にファッションショーがあるイベントに出たりもしてました。そういうシーンが原宿で巻き起こっていたんですよね。」
──原宿は他のライヴハウスが多い場所と比べるとカルチャーが違いますよね。
すぅ
「やっぱり来やすいっていうのはありますよね。ライヴハウスっていうだけで若い子たちはちょっと怖かったり、どういうところなんだろう?っていう不安もあるかもしれないけど、自分がいつもお買い物とかをしている原宿で自分が好きなアーティストが出るってなったら結構入りやすいんじゃないかな。」
ひなんちゅ
「あんまりライヴハウスっていう感覚がないっていうか、若者が行くには本当に大丈夫?みたいな立地のライヴハウスもあるじゃないですか。ASTRO HALLは原宿のど真ん中にあるので、安心して親も“行っておいで”って言えるような環境だと思いますね。」
あいにゃん
「うん。原宿にあって良かったなって思います。当時のファン層も雑誌を見て好きになってくれた子が多かったので、中高生の女の子のほうが多かったし。そういう子がすごく行きやすいし、ライヴハウスに初めて行くっていう子たちも受け入れやすいですよね。」
──読者モデルをしていたこともあって、原宿という土地にも思い入れが深いのでは?
ひなんちゅ
「原宿でビラを配ったりしてましたね。“ライヴに来てください!”って言って。その時はサロンモデルや読者モデルをやってたんですけど、“恥ずかしい”っていう気持ちもあったかな。自分たちを知ってる人もいる中、“すいません、バンドやってるんですけど…”って声を掛けても無視されたり…。心が折れながらも、“これをやらなければ誰にも知ってもらえない!”と思って。」
あいにゃん
「ビラも自分で作ってたもんね。メンバー紹介とかも全部書いて、アメブロのQRも入れて、それをライヴ後に配るっていう。」
ひなんちゅ
「あいにゃんが手書きで作ってた。確か、“サイサイ新聞”だったよね?」
──メンバー自らが苦労してフライヤーを配っていた時代もあったのですね。
あいにゃん
「はい。そのあとに新宿のライヴハウスで読モとか関係なく対バンを組んだライヴに出た時は、お客さんが4~5人くらいしかいなくて。そこで初めて自分たちの実力を知って…だから、ASTRO HALLに帰るとホーム感がありますね。最初、“原宿発”みたいなことを書かれてたし、そこが原点ですね。」
ひなんちゅ
「ASTRO HALLのおかげで、“原宿発”って堂々と言えるような環境になったのかな。」
──ゆかるんさんが加入してからは?
あいにゃん
「ゆかるんがクリスマスの時にめっちゃ大きなリボン付けてたのは覚えてる(笑)。」
ひなんちゅ
「加入してすぐですね。あのツインテールの大きさから想定すると。」
全員
「(爆笑)。」
ゆかるん
「その時にピンクサンタの衣装を着てライヴをしたことはすごく覚えてますね。それ以外は、10代の子たちが作る新聞のイベントと『adidas NEO』。」
ひなんちゅ
「ゆかるんが入ってから、ワンマンライヴも2回やった気がする。」
あいにゃん
「クリスマス2デイズじゃなかった?」
すぅ
「やった?」
全員
「……。」
──もう記憶が…(笑)。
すぅ
「(笑)。じゃあ、ASTRO HALLでのワンマンは4回はやってるってことか。最初にやってた時と比べると、音を出してみても全然違うなっていうのは感じました。自分たちの機材も増えてて、ステージが小さく感じたというか。」
──そういった変化や進歩も出るたびに感じているということですね。ASTRO HALLでやったライヴで覚えてることはありますか?
すぅ
「私、すっごい覚えてるんですけど、号泣したライヴがあって!」
──どういうことですか!?(笑)
すぅ
「音楽的な話ではなかったんですけど。」
ひなんちゅ
「でも、これ良い話なんですよ!」
──ぜひ教えてください(笑)。
ひなんちゅ
「「吉田さん」(2016年3月発表のアルバム『S』収録曲)は、その時泣いた原因の女の子のことなんです。」
すぅ
「そうそうそう!」
ひなんちゅ
「今になって、そういうところにつながってるんです。その時はそうなるって思ってなかったけど…思ってなかったって、私の話じゃないけど(笑)。」
あいにゃん
「ライヴ直前に泣き出すから、うちらも“どうしよう!?”って思いました。」
すぅ
「もう号泣だったね。“なんで!?(泣)”みたいな。」
ひなんちゅ
「前に出ていたバンドに自分の友達がいて、男の子のバンド中で女の子ひとりで歌ってたんですけど、その子は可愛くて、歌も上手くて。うちらはバンド一本でやっていこうと思ってたから、悔しいって気持ちもあったのかな? それで“大丈夫だよ、うちらのほうがカッコ良いから”って励まして、ステージに出たっていう。泣いたのは珍しいね。」
あいにゃん
「初めてじゃない? ライヴ前にそんなことになったの。」
すぅ
「…相当嫌だったんですね!」
全員
「(爆笑)。」
──すぅさんは、悔しかったのですか?
すぅ
「その子は「吉田さん」の歌詞通りすごい良い子だし、すごい可愛くて美人で…本当に高嶺の花だったんですよ。勉強もできて…全負けですよ! でも、結果的にうちらはこれだけ音楽できるようになったし、お客さんとかも応援してくれてるから、最終的に勝ってますけど(笑)。でも、すごく良い経験でしたね。何があんなに嫌だったんだろうか…。」
あいにゃん
「大人になったね(笑)。」
──当時のASTRO HALLのスタッフさんについては覚えていますか?
あいにゃん
「あんまり音楽的なことを質問されると何も分からないのがバレるから怖くて、あえて自分たちから声を掛けたりすることがなかったんですよね。」
すぅ
「その時は何も分かんなかったからね。」
ひなんちゅ
「何回かASTRO HALLに出させてもらって、そんなに深くは話さなかったけど、店長さんは“上手くなったね”とか“もっとこうしたらいいんじゃない?”とか結構言ってくれる人でした。最初はアンプの設定とか、ドラムの設定とかも店長さんとかスタッフさんに“どうやるんですか?”って聞いたりとかもしてて、“まだまだだな”とか思われてたと思います。」
──そういう経験もしてきて、自信を持って原宿ASTRO HALLのステージに立てた瞬間は?
ひなんちゅ
「メジャーデビューが決定しましたっていうのと、当時のメンバーが脱退しますっていうのを同じ日に発表したんですよ。メジャーデビューしますっていう横断幕みたいなのを自分たちで作ったんですけど、それを自分たちのホームのASTRO HALLでできたことがすごい嬉しくて。その時にみんなめっちゃ盛り上がってくれたのが印象的だったし。まぁ、そのあとに脱退を発表して変な空気になったんですけど(笑)。」
──順番が(笑)。
ひなんちゅ
「順番が難しくて(笑)。でも、その時に盛り上がったので自信になったし、応援してくれてる人がいるんだっていうのが分かったので、よく覚えてる。」
すぅ
「脱退を発表したメンバーがすごい明るかったね。“これからは、うちもファンのひとりとしてサイサイを応援していくから~! よろしく~!”みたいな感じで、めっちゃ軽かった(笑)。」
あいにゃん
「でも、今思えばわざとだったのかもしれないよね?」
すぅ
「うん。気遣いだったのかもね。」
──その時はまだゆかるんさんの加入は決まってなかったのですか?
ゆかるん
「そうですね。でも、それはライヴ映像で観ました。“おめでと~!”ってなってたのとかもすごい覚えてる。みんなが泣いてて、脱退するメンバーがすごい笑顔で“泣かないで”みたいな感じになるのも(笑)。」
──ゆかるんさんは、昔のサイサイの話を聞くとどう思います?
ゆかるん
「取材の時に昔の話をよく聞いているので、“頑張ってきたんだなぁ”と思いますね。私はメジャーデビューからだけど、こうやって積み重ねてきてメジャーデビューに辿り着けたっていうのがすごく分かるし、いつも噛み締めてます。」
あいにゃん
「…噛み締めてます?(笑)」
すぅ
「噛み締めてる感はないよね?(笑)」
ゆかるん
「おい!(笑) みんなが頑張ってきたからメジャーデビューできることが決まったし、私はそこにあとから入ったから、その分頑張らなきゃ!っていうのはいつも思ってますね。」
──では、改めてSILENT SIRENにとって原宿ASTRO HALLとは?
すぅ
「ASTRO HALLは、悔しさの塊…私たちの執念がすごく詰まっているので(笑)。あの時に“悔しい”とか、“もっとこうなりたい”っていう夢も置いてきてあります。それを果たしにいつかドカンとワンマンライヴをまたやりたかったのですが、年内で今のかたちでの営業を終了するという話を聞いて、とても寂しい気持ちです。」
原宿ASTRO HALL

原宿ASTRO HALL 制作現場統括/ブッキング

及川純一
PROFILE:在籍14年半。20代前半の時に本格的に音楽業界で働きたいと思ったのですが、具体的に何をしたらいいのかさっぱり分からず…。とりあえず、“好きなものの側で働いてから考えよう!”と、当時まだオープンして3年目の原宿ASTRO HALLが海外アーティストのイベントをよくやっていたので、面白そうだなと思い門を叩きました。今思えば、その時の考えが甘かったのか、プレッシャーに耐え切れず、3日で“辞めたい”と今の店長に言ったのも、10数年前のいい思い出です…。結局、今現在までお世話になることに。とても思い出深い場所です。

住所:〒150-0001 東京都渋谷区神宮前4-32-12 ニューウェイブ原宿B1

TEL:03-3402-3089

HP:http://www.astro-hall.com/
──SILENT SIRENの結成当時は、読者モデルがバンドをやるという珍しい存在だったと思うのですが、どういった印象がありましたか?
「その当時、原宿が“読者モデル”ブームの真っ只中で、ちょうどきゃりーぱみゅぱみゅさんが2011年頃にブレイクしたのをきっかけに、“青文字系モデル”や“赤文字系モデル”の言葉が流行っていて、その青文字系モデルのみなさまがよく原宿ASTRO HALLにも出演されていました。その読モの中のある男の子が、読者モデルを中心に、フリマ、ファッションショー、音楽ライヴとかなりコンテンツ盛りだくさんのイベントをよく企画していて。多分2年間の間で10数回は開催していて、ファッションショー+音楽ライヴの土台となったイベントでもあります。そのイベントに、SILENT SIRENのみなさまがモデルとして出演していましたね。のちにバンドとして出演するわけですが。楽器を始めて間もなかったというのもあり、当時は正直“大丈夫かな…?”とステージ横で心配した記憶があります(笑)。でも、当初からエンターテインメント性があったというか、お客さんのことをよく観ており、きちんと“楽しませよう”という気持ちで臨んでいらっしゃったのは、とても印象的でした。メンバー個々の思い出で言えば、ひなんちゅさんはその読モの子のイベント運営に協力していたり、すぅさんも読モイベントの企画主催を別で行なっていらっしゃったり。あいなさん(あいにゃん)がその読モイベントでフリマを出展した時、場外にすごい行列ができてしまって、とてもテンパったのを今でも覚えてます。しかも、すごい大雪の日に(笑)。あの頃から、影響力は絶大でしたね。音楽以外のコンテンツも幅広くこなしていたので、だからこそ今の成功があるのではないかと思っております。」
──原宿は他のライヴハウスが多い場所とは違ったカルチャーがあると思うのですが、そういった点を踏まえてこの仕事へのこだわりを教えてください。
「常に新しいものを吸収できるよう、アンテナを広げるようにしています。原宿という立地柄、音楽だけではなくファッション系のイベントも行なうので、いろいろなジャンルの情報を取り入れるように心掛けています。世代、ジャンルに偏らずお付き合いできるのが今の仕事の魅力だと思います。」
──初めて出演した時のライヴについて覚えていますか?
「2011年の冬頃だったと思います。印象は“えっ!? 大丈夫!?”です(笑)。確か、みなさまのアンプバランスからセッティング、チューニングまで口を出してしまった気がします…でも、いざ本番を迎えたら、お客さんの黄色い声援が飛び交い、終始すごく楽しそうに、演奏していたのを覚えてます。」
──出会いから、成長したと思う部分や変化などはありますか?
「確か最後に出演していただいたのは、2015年3月23日の『Y teen’s LIVE』でケラケラ、住岡梨奈とのスリーマンの時だったと思います。あの頃とは演奏力も観せ方も意識も、まったく別のバンドになっており、びっくりしたのを覚えてます。わずか4年間でしたが、相当な努力があったのだろうなと感慨深いものがありました。でも、お客さんを大事にしていたり、“楽しませたい!”という気持ちだけは変わっていませんでしたね。」
──今までで一番印象に残っているライヴは?
「2012年7月24日開催の『Silent Siren Live Tour 2012 サイサイサイクル ~はじめまして、サイサイです。~』はメジャーに昇っていく過程のちょうど節目で、スタッフも増え、お客さんも増え、いろいろプレッシャーもすごかった時期だったと思います。いつもより緊張されている雰囲気があったのを覚えております。メジャーデビュー決定の発表をしてお客さんのボルテージが最高潮に達したあとに、当時のメンバーの脱退発表があり、会場がすんごい雰囲気になったのを覚えてます(笑)。いろんな意味でかなり印象深かったです。」
──では、原宿ASTRO HALLにとってのSILENT SIRENとは?
「サイサイのみなさまと、原宿カルチャーの一時代を築き上げてきたと勝手に思っております。サイサイなくして、今の原宿ASTRO HALLもありません!。」
──SILENT SIRENにひと言お願いします!
「思い出深い場所と言っていただけるなんて、本当に嬉しい限りです。ありがとうございます。一緒に成長できたことをとても感謝しております。ネクストSILENT SIRENを目指して日々奮闘している若手ガールズバンドの目標となるような、とてつもなくビッグなバンドになっていただけたら嬉しいです。陰ながら応援しております! 原宿代表バンドとして、これからも頑張ってください!」

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