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「将棋界のまゆゆ」こと女流棋士・香川愛生 「世界最強のコンピュータ将棋」開発者と対談

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「あそこはあれで本当に良かったのか。最善の手はなんだったのか。その結論が簡単には出せないんです。だから一旦考え始めたら、どこまででも考えられちゃうんです。だから……」

視線を落として熟考したのち、ちょっと早口で答える。

「それに一旦ケリをつけるためにコンピュータ将棋を活用している部分はあります」

香川愛生女流三段である。

2008年、15歳で女流2級としてプロ入り。2013年、第35期女流王将戦本戦トーナメントを制し、里見香奈女流四冠(当時)を破って女流王将に。翌年もタイトルを防衛。昨年公開された映画「女流棋士の春」では主演し、なんと主題歌も担当。「ファミ通」や朝日新聞に連載を持つ、強くて多方面で活躍しているプロ女流棋士なのだ。

”将棋界のまゆゆ”と異名をとる女優棋士と、コンピュータ将棋を知ろうというのが趣旨。この時、彼女の真向かいにはこの男が座っていた。

見た感じは、ごく普通の会社員だ。名を瀧澤誠という。KDDIに勤務しているが、実は彼、「世界一の男」なのである。

瀧澤は個人的な趣味で、コンピュータ将棋ソフトのプログラミングをしている。その「elmo(エルモ)」が、今年5月に行われた第27回世界コンピュータ将棋選手権で、なんと優勝してしまったのだ。

コンピュータ将棋の世界に興味を持っている人なら、きっと「Ponanza(ポナンザ)」をご存知だろう。この5月までのコンピュータ将棋の世界大会を四連覇。プロ棋士と対局する電王戦では負けなしで、開発者の山本一成さんは「情熱大陸」(TBS)で取り上げられるほど注目されているコンピュータ将棋界の絶対王者である。そのポナンザに、瀧澤の開発したエルモが勝ってしまった。

そもそもの話「コンピュータ将棋ってどんな仕組みなの?」なんてことも気になる。せっかく「世界一」がKDDI社内にいることだしということで、直接話を聞いてみることになった。

ただし、将棋については単なる「下手の横好き」のTIME & SPACE編集部員。超強力な助っ人として、香川愛生女流三段に同席を依頼。ここに美しき女流棋士と、最強のコンピュータ将棋プログラマーの対談が実現したというわけである。

コンピュータ将棋とはいかなるものか

香川女流三段「そもそもコンピュータ将棋とはなにか、について教えていただけますか?」

KDDI瀧澤「コンピュータ将棋には、おおまかに言うと「先を読む機能」と、「採点する機能」が実装されています。エルモ開発後、色々な人に利用してもらってうれしく思っています。」

香川女流三段「私も自宅で将棋の研究をする時に、エルモさん(笑)を使わせていただいてます。人間の代わりに対戦してもらったり、次の対局をイメージして「こういう局面が来たらどう対処するか」というのをコンピュータと一緒に考えたりします。あとは、自分が実際に行った対局を再生して、自分の手の善し悪しを確認するのにも使ってます。」

KDDI瀧澤「ありがとうございます。ほかに、過去の棋譜(対局の記録)データを読み込ませて、それぞれの局面で、次にどの手を指すといいか、指した手はどうだったのか、客観的に点数化してくれるのが、わかりやすいと思います。」

そもそもエルモは、多くのコンピュータ将棋愛好家が使っている「Apery(エイプリー)」と「やねうら王」というプログラムをベースにしている。そこからいかに自分なりの発想や改良を施し、強いプログラムに育てていくかが腕の見せどころとなる。

こちらは瀧澤のPCに入っているコンピュータ将棋の画面である。「将棋所」というソフトに、頭脳となるエルモが搭載されている。

KDDI瀧澤「これはコンピュータ将棋世界選手権の決勝での、「ポナンザvsエルモ」の実際の棋譜を読み込んだものです。将棋盤が現在の局面。赤くなっている「5二金」がポナンザの手。盤の右手の白と黒の三角は、ここまで両者が指してきた手。盤の下段に表示されているのが「検討結果」。」

ここがコンピュータ将棋のキモで、

①「思考時間」=考えた時間
②「探索深さ」=何手先まで読んだか
③「探索局面数」=いくつの局面を調べてみたか

が表示されている。数字を翻訳すると、この対局におけるこの瞬間、1分44秒かけて23手先まで読み、結果1億5,166万8,733の局面を調べてますよー、ということになる。1億って……。

で、ひとつ飛ばして

④「読み筋」=次にどんな手を指せばいいか
この場合、エルモは「1八飛」と指すべしという答えを導き出した。実際には23手先まで読んだうえで、その前の値、

⑤「評価値」=どのくらい形勢が有利になるのかのポイント

を表示している。

香川女流三段「「評価値」は将棋ファンのなかではすっかり一般的になりました。でも、その盤面がなんでその点数になるのかは知らない人が多いと思うんです。」

KDDI瀧澤「たとえば駒は敵味方合わせて全部で40ありますが、そのうち必ず王を含めて3駒ずつ抽出して、その種類と位置関係を点数化しています。王様と金と銀、王様と金と桂馬……王を含めた全組み合わせを出して、それぞれ全部足した合計を評価値として出しているんです。」

香川女流三段「評価値0ならお互いにプラスマイナス0で、つまり互角。上の局面は31ですから、そんなに差がついてないんですね。」

KDDI瀧澤「これはさっきの「ポナンザvsエルモ」の88手目ですね。ポナンザが「1七香」と打ったところです。盤面的には、これ結構劇的にポナンザが攻めをしかけているんですが、下段を見てください。打たれた香車を飛車で取れば、評価値は624。この攻めを凌ぎきることができて、それどころか自分の方が有利だという評価を下しているわけです。」

香川女流三段「あ、ここは覚えています。いま、コンピュータ将棋の評価値で500点ぐらいつくと、なかなか逆転が難しいんですが、頂上決戦でここまでになるのは珍しくて印象に残っていたんです。」

コンピュータ将棋の「先を読む機能」と、「採点する機能」とは、自分と相手がどんな手を指せるのか、とんでもない先の手まで一つひとつ読んで、好手、悪手を瞬時に評価し数字で示す、ということなのだ。

コンピュータと人、ここが違う

KDDI瀧澤「電王戦でポナンザと佐藤天彦名人が対局されたとき、終盤に名人が穴熊に入ろうとしたらポナンザの評価値がぐっと上がりましたよね。」

香川女流三段「銀冠の穴熊だったら高めのこともあるんですけど、普通の穴熊はあんまりコンピュータには評価されないんですよね……あ、ゴメンナサイ。」

……2人はエルモの画面を見ながら、さらに専門的な話に入っていく。

香川女流三段「将棋の駒ってひとつひとつ役割が違うじゃないですか。だから「次の一手で駒をどう動かせるか」というだけではなく、どこに置くとその駒がほかの駒の役割とうまく連結してちゃんと機能するかを考えて指すんです。判断基準として「棋理にかなってるか否か」というのがありますね。」

KDDI瀧澤「コンピュータも結果的にそれを再現しているんだと思います。ただ、“彼ら”はそれが「棋理にかなってる」とか「美しい」と考えているわけではありませんけどね。」

香川女流三段「私たちは直感的に、「棋理にかなっていない、指さない箇所」ってあるんです。そこは最初から検討すらしません。最善手だけをいかに早く見つけるかが強さにもつながると思っています。」

KDDI瀧澤「僕も聞いたことがあります。強い人ほど選択肢が少ないと。」

香川女流三段「たとえばこれは「美濃囲い」っていう古典的な守り方なんですが、とても堅いので初心者の方には、まずこんなふうに守りを固めるというところから教えているんです。守りがきちんとできてしまうと、あとは攻めに専念できますから。」

KDDI瀧澤「でもコンピュータは「がっつり組まないで、うすーく構えてすごく早く攻めていく」。」

香川女流三段「そう! こちらがちゃんと守りを固める前にどんどん攻めてきます。コンピュータは守りが固めきれていなくても守りきれますから。もちろん攻めと守りを並行してやることにストレスなんて感じないですしね(笑)。」

たとえばこういう局面。先手は「1五銀」とか打ったりはしない。だって目の前の歩に取られるから。あるいは「1八飛車」が取られてしまうから。常識的に考えてかなり不利になるし、将棋の定跡からは考えられない手だが、コンピュータはこんな手まですべて検討し、さらに「その先の勝機」を読んでいるのだ。

人間の「あたりまえ」は、コンピュータには「なんで?」なのである。

いや、コンピュータの「あたりまえ」が、人間には「なんで??」なのかもしれない。

コンピュータ将棋で、将棋はどう変わるのか

子どものころからゲームが大好きだったという香川女流三段。小3から将棋を始め、当時は「激指」という市販のソフトで遊んだりもしていたが、プロになった15歳当時は「あんまり強いソフトがなくて」関心も薄れていた。プロデビューの約1年後、勉強のために奨励会に入会。しばらくはコンピュータ将棋に触れていなかったが、2010年になって清水市代女流六段がコンピュータ将棋「あから2010」に敗北したことに衝撃を受ける。現役棋士とコンピュータが戦う「将棋電王戦」が始まったこともあって、そのころからコンピュータを活用し始めたという。

香川女流三段「最近はエルモさんとか、無料で使えてしかも強いソフトがあるので、本当にお世話になっております(笑)。」

KDDI瀧澤「今はみなさん使っていらっしゃるんですか?」

香川女流三段「そうですね。少なくとも私は、最低限やることのひとつとして、「コンピュータを取り入れる」というふうになってます。でもちょっと考えちゃうのは、コンピュータ将棋の理屈がわからない時ですね。」

KDDI瀧澤「なるほど。あ、それは僕もわからないことがほとんどですね(笑)。ポナンザの山本さんはよく「人工知能は黒魔術」と言いますね。AIが出す結果がどう導き出されるものか、なぜ良いのかわからないと。AIのつくり方は知っていても、どうしてその結果になるのか分からない。」

香川女流三段「コンピュータは「その手を指すとプラス500点です」って数字で教えてくれますよね。その数字だけを鵜呑みにしちゃいけなくて、「なぜ500点なのか」を理解しないといけないと思います。ずっと指していって先の方になると気付くんですけど、もっと手前のところからわかるようになりたいなと思っています。」

KDDI瀧澤「香川さんはコンピュータ将棋によって、指し方は変わりましたか?」

香川女流三段「これは羽生(善治)先生の受け売りなんですが、80点の手と100点の手があって、人間が指すときには、たぶん4:6ぐらいの割合でそれぞれ選ばれてたと思うんです。人間には「こっちの展開のほうが好き」とかありますから。」

KDDI瀧澤「はい。」

香川女流三段「それがコンピュータ将棋の考え方だと、80点を選ぶ理由がないんですよね。0:10で100点の手が採用されます。それで将棋の指し方の個性が損なわれるんじゃないか、って羽生先生は警鐘を鳴らされていて。」

KDDI瀧澤「確かにそうですね。コンピュータの指し方ってホント、シビアですから。」

香川女流三段「「少しの差を守りきる」みたいな将棋も増えてますね。自分は自分の理屈で指していて、ミスした覚えもないのに、いつの間にか負けてる。なんで負けたのかわからないのに、たぶんコンピュータの側では60点と40点みたいな明確な差があるんでしょうね。」

KDDI瀧澤「プロ棋士界で、そういう指し方の人は増えてきていますか?」

香川女流三段「そう思います。さすがに「この人はコンピュータがベースだな!」とかまではわからないですけどね(笑)。」

ところで、コンピュータってまだまだ強くなるんですか?

KDDI瀧澤「みんな大会に向けて自分のソフトを強くして、大会後には公開しちゃうんです。で、今度はその強くなったところをみんな取り入れて、さらに伸ばしてきます。ポナンザは公開していませんが、ディープラーニングを取り入れることに成功しているので、また強くなるかもしれません。」

香川女流三段「将棋って楽しいんですよね。ゲームとしてすごく面白くて。ずっと昔からルールが変わらないまま続いてきていて、もちろんコンピュータが新たな価値観を植え付けることもあるかもしれないんですけど、面白さの本質は未来もずーっと変わらないと思っているんです。」

KDDI瀧澤「逆にコンピュータ将棋は、ちょっとでも強くなれないかといろいろなことを試すんですよね。100個ぐらい入れてみて成功するのは2個程度。なかなか大変です。でも、コンピュータ将棋はもちろん、将棋そのものの注目度も前とは変わっているので、ちょっとやりがいはありますね(笑)。」

コンピュータが名人を破り、人工知能への関心も高まり、コンピュータ将棋は盛り上がりつつある。一方で香川愛生女流三段をはじめ藤井聡太四段、先ごろ引退された加藤一二三九段など、キャラの立った棋士の皆さんが“将棋界”の枠を超えて活躍されている。

今ちょっといいきっかけかもしれません。コンピュータ将棋と将棋、これから注目していくときっと面白いですよ。

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