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スポーツの秋にぴったりのアンソロジー『走る?』

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スポーツの秋にぴったりのアンソロジー『走る?』

 駅伝の季節到来〜〜〜! 「もしかして、駅伝の話が入っているかも?」と思い、手に取ったのが本書(駅伝ファンを名乗りながら、『あと少し、もう少し』(瀬尾まいこ/新潮文庫)も『タスキメシ』(額賀澪/小学館)も読み逃しているけども)。走ることをテーマに、14の短編が並ぶアンソロジーだ。

 常々アンソロジーというものの素晴らしさについて訴えてきたくらいアンソロジー好きであるけれども、ここまで上質な作品が揃ったものもなかなか珍しいという気がする。結果的に駅伝が題材となっている短編はひとつもなかったのだが、大満足だ。走るのが好きな人苦手な人関心のない人、すべての人におすすめしたい。

 14編すべてについて語りたいところだが、1編が15ページ程度の短編についてあれこれ書いては、実際に読むときの新鮮さが失われるだろうから、ちょっとだけ。個人的に特に好きだったのは、中田永一「パン、買ってこい」と王城夕紀「ホープ・ソング」。中田永一作品には、恋愛小説にほとんど興味のない私でもぐっとくるようなラブストーリーが多いけれど、「パン、買ってこい」は変化球の友情もの(?)でさらに好印象である。主人公は中田作品ではおなじみのタイプ、すなわち地味で目立たない秋永。不良にパンを買ってくるよう強要されても拒めない秋永だったが、どうしたことか彼の闘志に火が付いた(不良とタイマン勝負、といったやり方ではなく)。どんな不運な境遇にあっても、受け止め方次第で何かしら得るものもある。人間はある意味変わらないものだけど、変わろうと思えば変われる部分もあるのだということを、この短編は教えてくれる。王城夕紀さんは『青の数学』(新潮文庫nex)を読んで以来注目していた作家。理系な作風だなとは思っていたけれども、「ホープ・ソング」はまたハードなSF。ほとんどの人間が、遺伝子操作などによってデザインされた微生物と細胞を身体に有する「デザインド」となった未来が舞台だ。デザインドたちは、さまざまな病気のリスクを抑え、思いのままに改良を重ねることが可能。しかし、肉体改造し続けるアスリートたちの中にたったひとり、何の操作も施されていない身体を持つ「ネイティブ」である荒木がいた…。精神的な病さえ治せる世の中にあっても、心まで他者が完全にコントロールすることはできない。どんなにつらくても、困難であっても、自らの身体に宿る希望を手放してはならないのだ。

 こう並べてみると我ながら、周りからどう言われようと自分の信じるところに従って生きる人々の姿に心をひかれるようだ。小林エリカ「飛田姉妹の話」などもそう。羽が生えてきたことによって人間は飛行能力を手に入れた一方、歩行機能は著しく低下して靴すら履かなくなった。そんな世界で、美しくも変わり者である飛田姉妹は鮮やかな蛍光黄色とブルーのスニーカーを身に付け、地面を走る。何世紀にもわたって空を飛ぶことに憧れ続けた人間たちがようやく大きな羽根を手に入れたいま、再び地上に降り立って走ることの意味はどこにあるのか。飛田姉妹も主人公の「ぼく」もまた、我が道を行く者たちなのだ。小林エリカさんの作品を読むのは初めてだったが、この短編と出会えてよかったと思う。

 そう、アンソロジーの魅力のひとつに、”読んだことがなかったり、気になっていたけど未読だったり、という作家の作品を気軽に読むことができる”ということがある。私はガチのホラーが苦手なので、『姉飼』(遠藤徹/角川ホラー文庫)の著者の作品などこのような機会でもなければ読まなかったと思うし(「うっ、あのおそろしげな表紙の本の作者か…!」と怯みながらも、思い切って読み進めて正解。本書に収録されている「桜の並木の満開の下」はとてもさわやかで心に残る短編でした)。好きな作家の作品を目当てに読むもよし、新たな作家との出会いを求めて読むもよし、スポーツの秋だし触発されて走ってもよし、である。

(松井ゆかり)

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