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ショパン・エヴォケーションズ トリフォノフと辿る冒険(Album Review)

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ショパン・エヴォケーションズ トリフォノフと辿る冒険(Album Review)

<驚きと発見にみちた2つの協奏曲>

1枚目のディスクをトレイに置いて、プレイボタンを押す。しかしピアノ協奏曲第2番の冒頭の音が鳴り始めた途端にのけぞった。これは一体なんだ?!すぐさまディスクのライナーノーツを取り出してつぶさに見てみると、曲目の最後の最後に、小さな文字でプレトニョフのオーケストレーションによるピアノ協奏曲の世界初録音、と英語で書かれているではないか。よく見るとバックインレイにも、やはり英語でその旨が明記されている。

ショパンの協奏曲は、作曲順からいえば第2が先で、19歳から20歳にかけての作品、その後すぐ着手された第1が20歳の時の作品だ。若きショパンが既に完成された、早熟な作曲家だった。ただ、この知名度も人気も抜群な2曲に付いてまわる評価のひとつに、良きにつけ悪しきにつけ、オーケストレーションの「若さ」を指摘する声は少なくない。

プレトニョフの試みは、そういった事情を鑑みれば、ピアニストとして抱いていた長年の不満を解消しようとした試みであることは想像に難くない。細部の相違はディスクをお手に取った方々へのサプライズにしておきたいが、特に管楽器と低音の弦の扱いに大きな特徴がある。

協奏曲はどちらも、たゆたうような遅いテンポ取りで、そこここにある沈黙に音楽を雄弁に語らせる、実に個性的な演奏に仕上がっている。プレトニョフ率いるマーラー・チェンバー・オーケストラは息の長いレガートを多用し、どこまでも清澄で、深い憂いを湛えた響きを聞かせてくれる。

一方のトリフォノフは、プレトニョフの目指すコンパクトな室内楽的響きの上に突出せず、弱音に最大限の重きを置いて息をひそめる。オケもトリフォノフも、主旋律はもちろん、対旋律や内声部を絶妙の配分で浮かびあがらせるので、ショパンの巧みな和声進行が、オリジナル版より鮮明に描き出されてゆくと言える。その造形は、繊細の極みである。

セッション録音ゆえ縦線はキレイに揃っているものの、どちらも声高にではないが、自由に音楽を語って溶け合っている。こうして互いを尊重して羽ばたかせたファンタジーは、心ときめかせる静かな燦めきを放っている。

<ショパンのレア曲を巡って>

一方、このディスクには、ショパン全集でもない限り録音機会のあまりない独奏曲と、ショパンにまつわるもっと珍しい曲がいくつも収録されているのも大きな目玉である。驚倒すべきダイナミックレンジを誇るトリフォノフは、リスト盤などとは打ってかわって、協奏曲同様に弱音を大切にして、生彩に富んだ瑞々しい音楽を巧みに引きだしてみせる。

ショパンが17歳のときに書いた、モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』からの『ラ・チ・ダレム変奏曲』も、協奏曲から引き続く静寂の間合いをも感じさせてくれる演奏だ。シューマンが「諸君、帽子を取れ、天才だ!」と絶賛してショパンの名を天下に知らしめたことで有名な曲である。そもそもはピアノと管弦楽のための曲として書かれた曲だが、ここではピアノソロ版が収録されている。

トリフォノフは持ち前のヴィルトゥオージティをひけらかすことはないが、連打、が続くテクニカルなパッセージなどの処理も流れるようで流石と唸るほかなく、シューマンを驚倒させたのもむべなるかな、と感じさせる光彩陸離たる燦めきをそこここで華開かせてみせる。

<ショパンへのオマージュ>

ショパンにまつわる曲では、順にグリーグ、バーバー、チャイコフスキーにモンポウの作品が取り上げられているのだが、中でも、モンポウの自作自演が遺されている『ショパンの主題による変奏曲』は、もっと弾かれてしかるべき佳曲である。一前奏曲集の第7番という、筆書きのような短い曲を主題に様々な変奏を聞かせてくれる、実に魅力的な作品だ。

その第10変奏だけは、2枚目のディスクの最後に演奏されている『幻想即興曲』の中間部を主題とした「Evocation」(呼び覚ますこと)という変奏で、アルバムタイトルはここから着想されている。トリフォノフは実にモンポウらしいノスタルジックな響きのめくるめく連なりを、類い稀なる歌心で豊かに奏でてみせる。

この2枚組には、曲目といい演奏といい、ショパンと彼へのオマージュを巡る冒険が目一杯に詰めこまれている。それだけに、耳にした人すべての記憶に、長いあいだ刻み込まれるディスクとなることだろう。text:川田朔也

◎リリース情報
ダニール・トリフォノフ『ショパン:ピアノ協奏曲第1番&第2番、他』
2017/10/11 RELEASE
UCCG-1777 3,780円(tax in.)

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