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まさか自分がうつになるなんて…妊娠うつに苦しんだ妊娠期間、母がいなければ乗り越えられませんでした

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私は妊娠7ヶ月目に妊娠うつになり、とても辛い妊娠期間を過ごしました。そんな私を救ってくれたのは母でした。

不妊治療を経ての妊娠、経過は順調でこれといった不安はありませんでした。

7ヶ月になったある日、急に耳塞感が出現しました。後に耳管開放症と診断されますが、その時はこの状態が一生続くのでは、と思いパニックになりました。動悸、冷や汗、息苦しさを感じ、何故か死ななければ、という脅迫感に襲われました。数分して症状は治まりましたが、これがうつの始まりでした。

その後、1日に何度も強い不安感に襲われるようになりました。何が不安ということはなく、漠然とした不安です。それはいてもたってもいられないような強い不安でした。

じっとしていることができず、1日に何度も徘徊していました。眠っていても不安で飛び起きてしまい、眠ることも怖くなりました。食事もとれなくなり、体重は非妊時よりも減ってしまいました。広場恐怖もでて、家の中でさえ窓を開けていないと過ごせなくなりました。気分転換をしようにも、何が好きだったのか、何が楽しかったのかも思い出せず、泣くこともできなくなりました。

妊娠中から産後は、ホルモンバランスの変化でブルーになることはありますが、強すぎる症状に精神科では妊娠うつと診断されました。妊娠中はなんとかやり過ごして、産後もひどければ薬で治療すればいいから、とのことで、妊娠中も内服できる漢方をもらって何とか過ごしていました。夫も心配してくれましたが、激務で私に構う余裕はありませんでした。そんな中、助けてくれてのは実家の母でした。

毎日朝、夕と電話し、話を聞いてもらいました。母から、環境を変えた方がいいとアドバイスをもらい、もともと里帰り出産の予定だったので、8ヶ月で早めに里帰りしました。

里帰りしてからは、母がずっと側にいてくれました。何度も何度も繰り返す私の不安な話を、嫌な顔もせず聞き続けてくれました。私のやりたいように、決して否定することなくただただ寄り添ってくれました。生活も全面的に整えてくれました。3食しっかり食べ、夜は9時に寝るようになりました。

そんな実家での生活が続き、だんだん気持ちは落ち着いていきました。出産後、人並みにマタニティブルーにはなりましたが、すぐに回復しました。

あの頃のことを思い出すと、不思議な気持ちになります。どうしてあんなに辛かったのか、今ではもう分かりません。でも、母がいなければ、乗り越えることは出来ませんでした。 関連記事:里帰りしたものの、自宅軟禁状態で憂鬱な気持ちに。1か月健診までの孤独な時間

里帰りが終わる頃、母に感謝を伝えました。母は、「親としての役割を果たせて良かった」と言いました。母も本当に大変だったと思いますが、そんな風に言ってくれるなんて驚きました。子どもがどんなに大きくなっても親は親なんだなと思い、私もこんな親になりたいと強く思いました。

今、私も親になりました。私の母のような、子どもが辛くて立ち止まったとき、戻っていけるような居場所になっていきたいです。 関連記事:待望の出産なのに産後2日目から気分がモヤモヤ。涙が止まらないマタニティーブルー

著者:111

1月出産しました。毎日子どもと楽しく過ごしています。

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。

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