夏生さえり 第2話「生まれ変わりたい〜志望動機は恋にある〜」|履歴小説

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夏生さえり 履歴小説 第二話

カツセマサヒコ、品田遊、ジョイマン高木、夏生さえり、比之葉ラプソディ。5人の作家・クリエイターが、同じ3枚の履歴書から妄想を膨らませて、それぞれの物語を綴る「履歴小説」。

第2話のお題は、高円寺在住、浦部真鈴(19)の履歴書。urabemarin_rireksho※クリックで拡大

 

書き手は、妄想ツイートで人気を博す、夏生さえりでお送りします。

 

夏生さえり 第2話「生まれ変わりたい〜志望動機は恋にある〜」

 

浦部真鈴は、いままさに恋によって変わろうとしていた。

また続かなかった。真鈴はガードレールによりかかって、うろこ雲を見上げていた。

「またダメだった」

友人にLINEを送ると「また彼氏?」と返ってくる。そうです、“また”彼氏です。だって。と真鈴は続けて考える。だって、ダサいズボン履いてたんだもん。

カバンの中に残っているさっき買ったカルピスのことが頭をかすめたが、自販機で新しいジュースを購入する。さっきのはカルピス。今飲みたいのはポカリ。

気づくと口ずさんでいる『Hey Jude』は15歳年上の彼氏が出来た時に「きみのことを思うとこの歌を歌ってしまう」と、ギターと一緒に教えて貰ったものだ。それが奔放な彼女への嫌味を含んだ言葉であったことを彼女はまだ知らない。

大学を辞めるのは、男と別れるのと同じくらい簡単だった。きちんと理由を説明して、きっぱりとした態度で結論を言う。親が怒ってくる時間は反省しているふりをして、一息ついて自分の思いを打ち明ける。こうして説得さえしてしまえば、あとは紙切れ一枚で退学できる。いつかこんな風にして離婚するかもしれない、と思った。

何か不満があるわけでは無い。新しい勉強をするのだって嫌いじゃない。けれどだんだんと新鮮味を失っていく。魚や肉が鮮度が大事なように、恋愛だって勉強だって最初だけがたのしくてあとはつまらなっていく一方じゃないかと思うのだ。事実、最近同級生の中でも珍しい資格を取った。それも大学で出会った先輩のおかげだったが、恋愛がつまらなくなるにしたがって、資格も意味を持たなくなった。

「そんなこといってたら何も得られないじゃん」と説教してくる友人は多くいた。

「でもさ、世の中には触れても触れきれないほどの新しいものがあるんだよ? 一個を続けてたら、他のことができないじゃん。でもこうやって飽き性の人が何か続けられることがあったらさぁ、それってもう一生かけて大事にできそうな気がしない? 希少価値っていうか」

早口でこう答えると、彼らは口をつぐむ。きっと心の中で言いたいことは山ほどあるのだろうなと思っているが、聞こえなければそれらは無いも同然だ。

帰りの電車で、先日買った本を取り出して読んだ。読み終わると、真鈴は一番気に入ったセリフが書いてあるページをもう一度開き、ビリリとちぎりとる。それは中学生の頃からの癖だった。一番好きなところだけ取っておけたら、あとは読み返すこともないと気づいて、習慣になった。

その日も真鈴は好きなページを引きちぎって、本はホームの公衆電話の隣に差し込んだ。なぜかゴミ箱に捨てるのは心苦しくて、いつもここに置き去りにしてしまう。

夏生さえり 履歴小説 第二話

 

けれどその日は、いつもと違った。差し込んだ瞬間、「あの」と声をかけられたのだ。

知らない男の人だった。細身で、冴えない風貌、ぼさぼさの髪に……エプロン? 怪訝そうな顔をしていると、もっと怪訝そうな顔で「困るんです」と言われた。

それが、いま差し込んだ本のことを言っているのだと気づくのに少しの時間がかかった。

「あ、すみません」

反射的に誤ったが、駅員ではなさそうだ。清掃員…でもなさそうな。

「きみ、昔からここに本を差し込むでしょう」

「えっ……」

「僕、そこの売店で5年働いてるんです。同じ場所からずっと見ていると、たびたび君がそこに本を差し込んでいくのが見えて。それで」

「あぁ、だからエプロン」

妙にしっくりきて、そんなことを口走った。見ている人がいるとは思わなかった。これまで何冊もここに差し込んだが、いつから見ていたのだろう。

「あの、ごめんなさい。もうしませんから」

「ちがうんだよ。どの本も1ページ必ず欠けている。困るんだよ。大事なシーンが欠けていたりして」

「え」

気づかれていた。1ページ、ちぎっていたこと。

「置かれている本はいつも興味深いのに、大事なところが無い。その1ページのために新しい本を買うのも癪で、僕はいつも大事な部分を知らないままだ」

大真面目に怒り出す男の人をみていると、真鈴は妙におかしくなってきた。わたしのそんな癖に、気づいていた人がいたなんて。ふふっと笑みを漏らすと、男の人もつられたのか、ふふっと笑った。目尻の下がり方が、かわいい。続けていてよかったことが、こんなところにあった。やっと犯人を見つけられたとか、特にあの本のページがないのが困ったとか、その場で散々盛り上がった。

「あの場所に居続けるのって面白いですか?」

真鈴は去り際にそんな質問をしていた。

彼は「同じことを続けると、不思議なことがたまにありますよ。特に売店は面白いです」と言った。その誠実そうな目に、そそられた。今まで自分がなんでもすぐに辞めてしまうことを告白し「5年も働けるなんてすごいです」と言うと「難しいことじゃない。きみは、もう3年も本をここに差し込んでいるんだし」と訂正された。

わたしにだって、できるかもしれない。同じ場所にい続けることを、試してみたいと思った。

目に入ったコンビニに入り、「履歴書どこですか」と聞くとまつざわと書かれた店員が一瞬変な顔をした気がした。ええ、やっぱりわかりました? 昨日とは違うわたしなんですよ。心のなかで勝手に答える。

「新しい自分になりたい」。

自分をまだ疑いながらもこっそり期待をかけて、真鈴は履歴書を書く。「今度こそ、続けられそうなことができた」とLINEをする。

「今度はなに?」

「売店のバイト」

「無理無理、絶対続かないって」

「それが、今回はちょっと自信あるんだ」

どうやら恋は人を変えるらしい。

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著者・夏生さえり(@N908Sa)

saeri_profile

フリーライター。出版社、Web編集者勤務を経て、2016年4月に独立。Twitterの恋愛妄想ツイートが話題となり、フォロワー数は合計15万人を突破(月間閲覧数1500万回以上)。難しいことをやわらかくすること、人の心の動きを描きだすこと、何気ない日常にストーリーを生み出すことが得意。著書に『今日は、自分を甘やかす』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。『口説き文句は決めている』(クラーケン)。 第1話「なんでもやる覚悟です 〜志望動機は恋にある〜」

第2話「生まれ変わりたい〜志望動機は恋にある〜」

第3話「僕には夢があります〜志望動機は恋にある〜」

 

著者からのコメント

履歴書に「短所:飽き性」と書いてしまう女が「新しい自分になりたい」と思うようなきっかけを想像し、同時に彼女が唯一続けていることがあるとしたらなんだろうと考えて書きました。私も売店男子と出会いたいです。

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