カツセマサヒコ 第1話「from2119」|履歴小説

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カツセマサヒコ 履歴小説 第一話 katsuse_banner

カツセマサヒコ、品田遊、ジョイマン高木、夏生さえり、比之葉ラプソディ。5人の作家・クリエイターが、同じ3枚の履歴書から妄想を膨らませて、それぞれの物語を綴る「履歴小説」。

第1話のお題は、世田谷区在住、浅野真悟(21)の履歴書。asanoshingo_rirekisho※クリックで拡大

書き手は、Twitterでも大人気のフリーライター、カツセマサヒコでお送りします。

 

カツセマサヒコ 第1話「from2119」

 

浅野真悟という天才の話をしたい。

浅野とは大学の新歓コンパで出会い、社会人2年目となったつい最近まで友人として付き合いがあった。

「天才はバカの紙一重」とよく言うが、浅野はそれを地で行く男だった。頭の回転がとにかく早く、TOEICも900点。世の中の全てを見知っているような発言をすることもあれば、テレビ画面をスワイプし出したり、「靴ひもの結び方がわからない」と言い出したりすることもあった。

そんな浅野の話を何故するかというと、彼は、もうこの世界にはいないからだ。

つい先日、つまり2019年9月、彼はいなくなった。そして、もしも彼が言うことが真実なのだとするならば、彼がいなくなった理由は、私たち人類においていずれ貴重な情報になるように私は思えた。それは誰かが何処かにひっそりと書き留めておかなければならない、現在と未来を繋ぐ重要な架け橋となるような予感がした。

浅野は、花が好きだった。

いや、それだけ聞くと何処かポエムな男のように聞こえるが、決してそうではない。花だけではなく草木まで、浅野はそれらを何かの研究対象として見るように興味を示した。

好きというよりは、執着していた。ときにはひどく憎んでいるようにさえ思えた。その証拠に、彼は草木のことを「あいつら」とか「やつら」と呼ぶことが多々あった。

浅野は、生け花やフラワーアレンジメントを趣味にしていた。当時大学生だった私たちからすると、その趣味はかなり特殊で、周りの友人はときにそれをネタにして笑いを取ってみせた。

しかし浅野はひどく真剣な様子で、「お前らは植物の怖さを知らない。生け花は人間が自然をコントロールしようとしていたことの証明であり、その力関係が最も顕在化かつ一般化されている文化のひとつだ」と、言いのけた。

えらく達観したことを言う人間だった。

そのくせ、雨に異常に怯えたり、蚊がとにかく苦手で虫除けスプレーを一年中持ち歩いていたり、野菜を一切食べなかったりと、偏屈で臆病な部分も多く持ち合わせていた。

その偏屈さと秀才ぶりに興味を持った故、私は彼に惹かれていった。

浅野は、大学4年になって初めてアルバイトを始めた。

バイト先は「未来堂文具店」という、名前の割に未来どころか現代的な要素すらあまり感じられない、古くから商店街に佇む寂れた文房具屋だった。

いつもどことなくスタイリッシュな浅野がわざわざその店でアルバイトをするには、どうにも違和感があった。4年間一切働かなかった男が、何故ここにきて文具店なのか。理由を尋ねたが、得られた回答は相変わらず突飛なものだった。

「珍しいだろ、文房具なんて。ペンとか、あんなにあるんだぞ」

浅野にとって、ペンは絶滅危惧種のような存在のようだった。とくに鉛筆についてはひどく興味を示し、「木材と黒鉛なんて、今じゃありえない。組み合わせとして贅沢すぎる」と、よくわからないことを呟いた。

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全てを知っていそうで、実は碌でもない世間知らず。バイト先のエントリーシートにすら「世間を知りたくて」と書くほどだったから面白い。

結局彼は、学生アルバイトとして採用されたのに、卒業後もその店で働き続け、いなくなるその日まで勤務し続けた。

浅野は、女にモテた。

実家から借りているというミニクーパーがアパートにあり、大学生なのに外国車を嫌味なく個人所有して、しょっちゅう女を乗せては、当時流行っていた”インスタ映え”するスポットに出かけて行った。

とはいえ、「チャラい」とかそういう言葉が似合う人間ではなかった。ファッションセンスも独特で、コミュニケーションが軽いわけでもなかった。ただ圧倒的な知識量と、それとは相容れないはずの常識のなさにギャップや愛嬌が生まれ、ひどく女を惑わせた。

そんな浅野が一度だけ、彼女を作ったことがあった。

2016年だから、大学3年のころだ。「そんなに美人じゃない」と言いながら見せてくれた写真には、明らかに愛嬌の良さそうな、スレンダーな美人が映っていた。

高円寺に住むカフェ店員だった。よくその女の話を聞かされた。彼女のどこが好きなのか尋ねると、「体の相性」と言って濁した後に、「ビートルズが好きなところ」と言った。

「ビートルズの曲名をメールアドレスにしているような、イタい女がよかった。SNSのIDとかじゃない。あえて“メールアドレスがビートルズ”ってところに共感が持てた」と、よくわからない持論を展開していた。

別れた理由については覚えていないが、付き合っていた期間は1年程度だったはずだ。別れてからも度々その女の話をしていたから、最後まで好きだったのは、きっとその人だったのだろう。

天才も、恋をする。何故かそのことが印象的だった。

同じ人間であることに少し安心していたのかもしれない。

そんな浅野がいなくなったのは、突然のことだった。

会社帰りに電車に揺られていると、「今から会えないか」と連絡があった。お互いひとり暮らしだったから、飲みや女の先約がなければ、こうした突然の呼び出しは茶飯事だった。もちろんその日も空いていたため、「いつもの店で」と返事をして、すぐそこに向かった。

三軒茶屋の居酒屋に着くと、浅野はビールを追加で2つオーダーするなり、「帰らなきゃいけなくなった」と言った。

「は? 今来たとこだけど」

「違う。近いうちに、帰らなきゃいけなくなったんだ」

「ああ。帰るって、そういうことか。実家とか?」

「まあ、それに近い」

お待たせしましたと言いながら、店員がほとんど待っていないビールを運んでくる。

「お前、実家、何処だったっけ?」

「うーん、未来?」

そんな土地、あっただろうかと一瞬考える。

「カッコイイっしょ。未来だよ、未来」

天才は、嬉しそうに閃いた顔をした。

「こういうときにバカにすんのやめろ」

「いいじゃん、そういうことにしといてよ。どうせ信じないならさ」

どうにも愉快そうだった。それでいて、名残惜しそうな顔にも思えた。

「本当は、何処に行くんだよ」

「わからないと思うよ。ただ、用事が済んだから、帰るんだ」

「お前の用事って、なんだよ」

ビールを一気に飲み干してから、天才は言う。

「簡単に言うなら、未来堂文具店の、経営安定」

私には、分からないことばかりだ。

でも、浅野の言うことが真実で、彼の用事が本当に“未来堂文具店の経営安定”ならば、きっとそれは未来に、そしてそれに繋がる現在に意味や価値があったことではないかと、そんなSFのようなことを思ってしまうのだ。

2019年現在、未来堂文具店はそこに存在している。

それが遠い未来にどのような意味を持っているのかはわからない。

ただ、あの天才の数少ない友人のひとりとして、今後もあの店を見守っていたいと思う。

「あとさ」

「ああ」

「お前のメアド、何だったっけ?」

「おれ?」

「うん」

「ああ、“from2119” 」

「from2119」

 

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著者・カツセマサヒコ(@katsuse_m)

katuse_profile

フリーライター。1986年東京うまれ。編集プロダクション・プレスラボでのライター経験を経て、2017年4月に独立。広告記事、取材記事、エッセイ、物語等の企画・取材・執筆を行う。Twitterでの恋愛・妄想ツイートが10~20代前半の女性の間で話題を呼び、フォロワーは現在10万人を超える。趣味はスマホの充電。 第1話「from2119」

第2話「ビートルズの女」

第3話 9月25日更新予定

著者からのコメント

履歴書に書かれたメールアドレスが最初に目に飛び込んできて、「未来から来た子なんだな」と思いました。それなら好奇心が強いことにも、世間を知らないことにも納得いったので。未来から来る学生の異才ぶりをどうにか表現したくて書きました。

 

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