ジョイマン高木 第1話「道標」|履歴小説



カツセマサヒコ、品田遊、ジョイマン高木、夏生さえり、比之葉ラプソディ。5人の作家・クリエイターが、同じ3枚の履歴書から妄想を膨らませて、それぞれの物語を綴る「履歴小説」。
第1話のお題は、世田谷区在住、浅野真悟(21)の履歴書。
書き手は、ツイートがエモすぎると話題のラップ芸人、ジョイマンの高木晋哉でお送りします。
ジョイマン高木 第1話「道標」
一年前、母が亡くなった。
母の死は僕の生活に影響を与えた。話だけ聞けば当たり前に思えるかもしれない。しかし、それは当事者には通用しない理屈だ。少なくとも僕にとって“人は当たり前の事には抗えない”と思い知らされる事は、人生の歩みを止めるのに充分な出来事だった。
頼りにしていた地図を失くしたのだ。自分がどこにいるのかすら分からず、立ち尽くすしかなかった。誰かに助けを求めようにも、周りに何か目印となるようなものは見つからない。僕は途方に暮れていた。
僕は誰にも言わずに大学に休学届けを出し、ヴァイオリンを弾いた。食事や睡眠以外の時間は、母の好きだったバッハの「G線上のアリア」を休まず弾き続けた。その優雅な旋律は、隙あらばざわつこうとする僕の心を優しく撫でて落ち着かせてくれた。
そして僕は母の好きだった花を育て始めた。母はガーベラが好きだった。育てたガーベラを家のあらゆる所に飾った。色とりどりのガーベラは、部屋の隅や、床や、天井から絶え間なく染み出してくる行き場のない哀しみを少しだけ美しいものに感じさせてくれた。
一連の僕の行動に父はどうしていいか分からないようだった。仕方の無いことだと思う。
世の中は、どうすればいいか分かる事よりも、どうすればいいか分からない事の方がずっと多い。僕は自分がどういう状況なのか上手く言葉に出来なかった。しかしどこで何をするにも、それを周りから求められているような気がして、戸惑うばかりだった。
なぜ人はあらゆる事を言葉にして理解しなくては気が済まないのだろう。いびつな胸の内は、言葉にしようと光を当てれば当てるほど、暗い影がおぞましく形を変えて現れるだけ。それが周りの人々や僕にとって何らかの足しになるとは到底思えなかった。
僕は、心配する父への言いわけ代わりにアルバイトを始める事にした。生まれて初めてのアルバイト。今までに経験した事の無いものをと思い、イベント会場の設営の仕事を選んだ。仕事は都内のショッピングモールで行なわれるイベント会場の設営だった。
僕の素性を全く知らない人達と一緒に仕事をするという事に緊張したが、常に言われるがまま黙々と作業をした。黙々と作業をする事で、いつも考えてしまう余計な事を考えずに済んだ。しかしその行為は、毎日をただ薄く引き伸ばし、報われない延命治療を続けているだけのようにも思えた。

アルバイトにも慣れてきていたある日、仕事が終わり、会場を設営したイベントが始まる頃、僕はショッピングモールを後にしようとしていた。お笑い芸人のイベントという事だったが、お客さんは数人しか集まっていなかった。出口を出ようとした時、ふいに背中越しに聞いた事のあるネタが耳に入ってきた。