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「深部静脈血栓」で管理入院。絶対無事に産むんだ!不安な気持ちを切り替えられたのは…

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やっと安定期を迎えてほっとしていた妊娠22週の頃、私は深部静脈血栓を発症し、分娩まで管理入院することになりました。

深部静脈血栓とはいわゆるエコノミー症候群のことで、静脈に血栓ができ、その血栓が肺などに飛んでしまえば死の危険もある怖い病気です。

妊娠に伴い発症することはあるようですが、頻度は少なく、なぜ自分がこんなマイナートラブルに・・・とショックでした。

ヘパリンという血液が固まらないようにする薬剤を24時間点滴しながらの妊婦生活が始まりました。

ヘパリン以外にも、経口投与できる血栓予防薬があるのですが、これは胎児に悪影響を与えてしまうことから妊娠中は禁忌。

ヘパリン点滴しか方法がなく、また数時間でも投与を中止するとあらたな血栓形成の可能性が高く危険ということで、一切の外出も外泊も不可でした。

そして妊娠時の深部静脈血栓既往がある場合、次の妊娠時にも血栓ができるリスクが高く、次回は妊娠がわかった時点からヘパリンの自己注射が必要だということも説明されました。もともと二人目は考えていなかったものの、妊娠出産が自然な形では経過しない、そんな自分の体質にとても落ち込んだことを覚えています。

入院当初は、とにかくショックだったことと、それから一歩も病院の外へ出ることのできない閉塞感で胸が苦しくなるほどでした。

21時になると病棟自体が施錠されてしまい病室にいるしかなく、それまでそんな管理された生活をした経験がなかったことから、何とも言えない不安を感じて数日間はあまり眠ることもできませんでした。

緊急入院だったので、家の事はやりっぱなし、飼い猫にも十分にお別れしないまま当分会えない、職場にも迷惑をかけてしまう・・・そしてなにより赤ちゃんは大丈夫なのか、無事に産めるのか、不安でいっぱいでした。

しかし、人の順応性ってすごいです。数日もするとこの生活にも慣れてきます。考えようによっては、こんな安心な環境もないんじゃないかと思えてきました。

なにかあればすぐにお医者さんに診てもらえるし、毎日モニタで赤ちゃんの元気な様子も確認できるし、病院食は栄養価が考えられた身体に良いものばかり、三食上げ膳据え膳です。

仕事も、周りに迷惑をかけたくなくてしょっちゅうお腹が張りながらも続けていたけれど、もう入院してしまえばあきらめるしかありません。

毎日お腹の中で元気に動いている赤ちゃんに励まされ、とにかく無事に産んで、赤ちゃんも私も元気に退院するんだ!と気持ちを切り替えてからは、入院生活を楽しむ余裕すら生まれました。

産まれてくる赤ちゃんのためにおくるみや帽子を編んだり、超音波写真を整理してノートに貼り、その時の気持ちを綴った妊娠記録も作ったりしました。

日常のすべてのしがらみから解放されて、こんなにのんびりしたのっていつ以来だろう・・・というくらい穏やかな気持ちで妊娠期間を過ごすことができました。

家族の協力もあり、自分とお腹の赤ちゃんのことだけを考えて過ごすことができた約4ケ月間は、とても幸せで豊かな時間だったと、今振り返って思います。

そしてなにより不思議だったのは、もともと心配性の私は、本来ならこんな病気になれば怖くてたまらないはずなのに、驚くほど恐怖心というのは感じなかったことです。

間違えば自分の命の危険もあったはずなのに。

もちろん完璧に管理して治療していただいているという医療への信頼感もありましたが、それ以上にお腹のこの子を守れるのは自分だけだ、絶対無事に産むんだ、落ち込む暇があったら今を楽しんで一緒に元気に帰るんだ、という気持ちが恐怖を上回っていたのだと思います。

母は強しとはよく言いますが、本当に人は守るものができると変われるんだなと実感しました。 関連記事:安静中の寝たきり生活で心配な「血栓」。予防のために着圧ソックスを愛用! by トキヒロ

そうして入院生活を楽しんでるうちに時は満ち、私は39週で無事に出産しました。

産後はヘパリンの点滴を外し、経口の抗血栓薬へ切り替えてしばらくは血栓の予防をしていました。

点滴が外れたときは、その開放感とともに一緒に戦った戦友と別れたような寂しさも感じたくらい私の一部だった点滴。

医療スタッフの皆さんにも、支えてくれた家族にも、私の身体から血栓を溶かしてくれたヘパリンにも、そして一緒に頑張ってくれた赤ちゃんにも、たくさんありがとう、ありがとうと思いながら退院しました。

病棟を出たところで、主人とがっちりと握手をして、私の入院生活は終わりました。

たしかに妊娠中のトラブルはないに越したことはないです。でも私の場合は、この入院があったおかげで得たものも多くありました。

感謝の気持ち、出産への覚悟、そしてこの先の人生で二度とないであろう、のんびりとした穏やかな時間。

かけがえのない経験だったと、今振り返って思います。 関連記事:「絶対に赤ちゃんを助けて!」脚にできた無数の血栓が肺へ…母子ともに危険といわれて

f:id:akasuguope01:20170226112617j:plain著者:meshu

年齢:43歳

子どもの年齢:2歳

不育症治療の果てに、待望の我が子を40歳で出産しました。妊娠中は深部静脈血栓を発症し長期入院、出産も緊急帝王切開で、まさに命がけになってしまいましたが、子どもを授かれたことは人生最大の喜びでした。更年期にさしかかりつつある身体に鞭打って、息子と日々楽しく暮らしています。

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。

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