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80年代、最大の収穫がウォズ(ノット・ウォズ)のデビュー作『ウォズ(ノット・ウォズ)』だ!

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70年代後半に巻き起こったポストパンクの時代は、過激で挑発的なサウンドが多かったが、中でもトーキング・ヘッズに代表されるエスノ・ファンクとアート・リンゼイらのノーウェイヴは時代の先端を走っていた。アメリカではポストパンクの名コンピ『ノー・ニューヨーク』(‘78)やヘッズの『リメイン・イン・ライト』(‘80)をはじめ、ジェームズ・チャンス、マティリアルなど、ニューヨークを中心とした芸術的かつアバンギャルドなグループがひしめき合っていた。そんな中、無国籍風ファンクを引っ提げて派手に登場してきたのがウォズ(ノット・ウォズ)だった。今回紹介する彼らのデビューアルバム『ウォズ(ノット・ウォズ)』(当初の日本タイトルは『…ん?』)は、エッジの効いたファンクやディスコサウンドを中心に、アバンギャルドなジャズっぽさも持った魅力的な作品で、今聴いてもまった全く古びない傑作だ。
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ZEレコードの登場

70年代末のニューヨークから登場したのがポストパンクのレコード会社、ZEレコードだ。このレーベルはキッド・クレオール&ザ・ココナッツ、ジェームズ・チャンス、マーズ、リディア・ランチなど、バカ売れはしないが旬の(もしくは本物の)アーティストばかりをリリースすることで知られ、あっと言う間に耳の肥えたリスナーも一目置く存在になっていく。裕福で超インテリのマイケル・ジルカと音楽オタクのミッシェル・エステバンのふたりによって78年に設立され、設立直後の78〜79年にリリースされていたのは、マーズ、ジェームズ・チャンス、ティーンエイジ・ジーザス・アンド・ザ・ジャークスなどの「ノー・ウェイヴ派」と、キッド・クレオールやクリスティーナらの「ミュータント・ディスコ派」の2本立てであった。所属しているアーティストたちは、全てがひと筋縄ではいかない個性派で占められていたところに、ジルカとエステバンのこだわりがうかがえた。どれもがダンサブルで、ヒップホップ、ハウス、ジャズ、パンクなどを取り入れた、それまでにない新しいサウンドであったのだ。
80年代に入ると世間ではテクノが大流行していたが、ZEのアーティストたちはあくまでもポストパンク的なスタンスで、売れ線でないダンスミュージックに挑戦していただけに、批評家受けは良かったものの、一部を除いてはセールス的に苦戦していた。そんな時、アメリカのディスコでヘビー・ローテーションとなる曲がリリースされた。ウォズ(ノット・ウォズ)の「ホイール・ミー・アウト」(‘80)である。この曲、基本はファンクなのだがジミヘンばりのリードギターや、スカのようなリズムギター、ラテン丸出しのティンバレス、フュージョンっぽいトランペットソロなどが渾然一体となって、ユニークなダンス音楽を作り上げていた。曲者の多いZEレコードの中でもウォズ(ノット・ウォズ)は確実に頭一つ抜きん出ていたわけだが、一体このアーティストが何者なのかは分からなかったのである。変わったグループ名とそのサウンドから、当時は中堅以上のファンクグループもしくはアーティストの変名だろうと、まことしやかに囁かれていたのである。音を聴く限り、僕にはP-ファンク周辺のアーティストではないかと思えたのだが…。
デトロイト出身の新人

ところが、81年になってリリースされたシングル「Out Come The Freaks」と同時期に出回っていた(ひょっとしたら、もっと前から出回っていたのかもしれない)プロフィールを見ると、ウォズ(ノット・ウォズ)のメンバーは、デヴィッド・ウォズとドン・ウォズのふたりで、他はサポートミュージシャンであるらしい。で、ふたりのウォズは偽名だそうである。僕はきっと有名なアーティストの偽名だと思っていたのだが、それもまったくのはずれで、彼らはデトロイト出身の音楽オタクで新人だったのだ。“新人”と言ってもドン・ウォズはデトロイトでスタジオミュージシャンをやっており、デビッドのほうは各種楽器ができるジャズ評論家として活動している人物であった。
デビッド・ウォズ(本名:デビッド・ウェイス)はサックス、キーボード、ヴォーカル、作詞を、ドン・ウォズ(本名:ドナルド・フェイゲンスン)はベース、キーボード、作曲を担当している。彼らはモータウンソウル、MC5、イギー・ポップ、ジャズなどを聴いて育ったそうで、さまざまな音楽に精通していることが前述の「Out Come The Freaks」を聴くだけでも分かる。
本作『WAS(NOT WAS)』について

そして、待ちに待った彼らのデビューフルアルバム『WAS(NOT WAS)』(‘81)がリリースされた。僕は日本盤を購入したのだが、その時の邦題が『…ん?』であった。アルバムに参加しているのは世界でもっとも認知度は低いが、名ロックグループMC5のギタリストであるウェイン・クレイマー、P-ファンク一派(これは当たり!)、あとはソウルとジャズ関係のベテランミュージシャンがサポートしている。
アルバムに収録されているのは全部で8曲。アルバムは、彼らの代表作で出世作となった「Out Come The Freaks」で幕を開ける。何と言っても、ドン・ウォズのベースプレイが強烈だ。曲そのものはポップで、ディスコ的なノリではあるのだが、ベースが重いゆえに本物のファンクバンドさながらの名演だ。これは彼らを代表するナンバーのひとつだ。続く「Where Did Your Heart Go?」も名曲中の名曲で、無国籍演歌と言ってもいいぐらいのオリエンタルな雰囲気が漂うが、ここでも重すぎるベースが素晴らしい。サビの部分などはヴォーカルとサックスがユニゾンでハモり、そのあたりは日本のムード歌謡を参考にしたのかと思ってしまうぐらいの域に達している。
冒頭から完成度の高い2曲でノックアウトされるが、ワールドミュージックっぽいものからラテンやフリージャズまで、他の曲も含めて全曲ハズレなしの傑作である。僕は今でも80年代にリリースされたアルバムの中で、本作がもっとも好きな作品で、トーキング・ヘッズの『リメイン・イン・ライト』やアンビシャス・ラヴァーズの『グリード』と並ぶほどの出来だと思う。
ドン・ウォズの功績

ドン・ウォズはこのアルバムでデビューしてからさまざまな才能が開花し、音楽オタクであることから、グループとしての仕事が減ってきた80年代後半からはプロデューサーとして数々の名盤を世に送り出している。ボニー・レイットの『ニック・オブ・タイム』(‘89)、ボブ・ディラン『アンダー・ザ・レッド・スカイ』(’90)、ナック『シリアス・ファン』(‘91)、ウィリー・ネルソン『アクロス・ザ・ボーダーライン』(’93)など、その数は驚くほど多い。
しかし、彼のプロデュース作でもっとも衝撃的だったのはソウルシンガーとカントリーシンガーをコラボレートした『リズム・カントリー・アンド・ブルース』(‘94)であろう。この作品がアメリカーナというジャンルを生み出したようなものだし、この仕事からノラ・ジョーンズのブルーノートからのデビューへとつながり、現在はブルーノートの社長に就任、それまでの、ブルーノートは“ジャズ”というイメージをぶち壊し、アメリカーナ的なレーベルへと生まれ変わらせてしまった。ドン・ウォズの才能はプロデューサーとなった時に完全に開花したのだと思う。現在はT・ボーン・バーネットと並ぶ、アメリカを代表する大プロデューサーである。
ウォズ(ノット・ウォズ)やドン・ウォズのプロデュース作品を聴いたことがない人がいるなら、何でもいいからぜひ聴いてみてください。きっと新しい発見があると思うよ。
TEXT:河崎直人
アルバム『Was (Not Was)』
1981年作品
 (okmusic UP's)

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