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「飲んだら乗るな」ではなく「飲んだら乗ってしまう」と考えるべき?

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「飲んだら乗るな」ではなく「飲んだら乗ってしまう」と考えるべき?

厳罰化が進んでも飲酒運転による事故が後を絶たない

平成18年8月25日に福岡市で幼い子供3人がいっぺんに亡くなってしまうといった飲酒運転による痛ましい事故がありましたが、あれから11年が経ち、その間に法律も改正されて厳罰化が進みました。しかしながら、それでも飲酒運転による悲惨な事故は後を絶ちません。

平成27年6月に北海道砂川市で発生した一家5人死傷事故も、飲酒による無謀運転が原因でしたが、同市議会において、直後に「飲酒運転等の交通死亡事故を撲滅する決議」が全会一致で採択されたにもかかわらず、その矢先に同市議が飲酒運転で逮捕されてしまうなどといった全く信じられないことも起こっています。

飲酒は判断力を奪う 「飲んだら乗ってしまう」のが実情

飲酒運転をする人のほとんどが「自分は大丈夫」と思っていて、そのことが飲酒運転が減らない理由であり、飲酒運転は人生を台無しにしてしまうことをもっと啓発すべきだという意見があることは重々承知しておりますし、そのような啓発を続けていかなければならないことは間違いないことでしょうが、これだけ悲惨な事故が起こっていて、そのたびに飲酒運転の危険性が報じられているにもかかわらず、飲酒運転が繰り返されるというのは、もっと違うところに原因があると日ごろから感じています。

それは、飲酒それ自体が違法行為を制御しようと判断する能力自体を奪ってしまう、すなわち、飲酒によって自動車を運転することの危険性の認識ないし罪悪感を麻痺させられると考えた方がなんだか分かり易いのです。素面のときは飲酒運転が悪であることを認識できても、飲酒したことによってその認識ができなくなってしまうということです。「飲むなら乗るな」、「飲んだら乗るな」という標語がありますが、前者は成立しても、後者は成立し得ず、「飲んだら乗ってしまう」と考えないといけません。

最近も、酒気帯び運転の罪で起訴された香川県三木町職員について、同人が禁錮刑以上に処せられて失職するのを避けるべく、町長や町職員ら120人ほどが刑の減軽を求める嘆願書を裁判所に提出したことが物議を醸しております。公職にある者たちが組織ぐるみで酒気帯び運転に寛容な姿勢を示している気がしますし、町長は、嘆願書はあくまでも個人としての行動だと釈明しているようですが、そうだとすると個人的に酒気帯び運転に寛容な認識を持っているとも受け取れますので、釈明には何らの意味もないように思います。

飲酒運転撲滅が叫ばれて久しいのに、ため息が出るばかりですが、「飲んだら乗ってしまう」という考え方をもっと浸透させて欲しいと思います。

(田沢 剛/弁護士)

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