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聖地巡礼ならぬ聖地移住!  アニメ『氷菓』の舞台に住むことを決めた男性に会ってみた

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地方都市で公務員として働く植杉さん。彼の暮らしぶりに見るアニメの舞台に住む魅力とは!?

8回もの聖地巡礼を経て決意した聖地移住

聖地巡礼を辞書で引くと、まず「宗教上の聖地・霊場などを参拝して回ること」とある。そして、「俗に、熱心なファンが、アニメ・漫画の舞台となった土地や建物などを聖地と称して訪れること」と続く。

今回、お話を聞いた植杉さんは、さらに踏み込んだ『聖地移住』の実践者だ。
今は、アニメ『氷菓』の舞台となった岐阜県高山市で暮らしている。

「『氷菓』は友人に勧められたのですが、まさか自分がこんなにもハマって、しかも、舞台となった街に住むことになるなんて、考えてもいませんでした」と笑う植杉さん。

『氷菓』は、高山市をモデルとした架空の街、神山市が舞台。普通の高校生が、日常生活でのちょっとした違和感や謎を解決していく物語だ。
 
植杉さんが作品にハマった理由は二つ。
「主人公に特別な力があるわけでもなく、高校生という日常に根ざした視点に安心感を覚えた」こと。

もう一つは、「作中で描かれる街の佇まい。趣のある喫茶店や美しい自然、歴史ある建築物など、これまでの自分の人生にない風景に惹かれました」

アニメ「氷菓」のオープニングに登場する鍛冶橋

植杉さんの故郷は北海道南西部にある熊石町(現:八雲町)。曰く「自然は豊かだけど、歴史的な文化は少ない街だった」とのこと。

その後大学進学で上京、途中、ドイツへの留学経験もある。さまざまな街に住んだことのある植杉さんの目に、高山市の魅力は「自然も歴史に裏打ちされた文化も存在するところにある」と映った。

『氷菓』の作中でも美しい風景は印象的で、アニメツーリズム協会が昨年実施した『アニメ聖地投票』の第3回中間発表では、第2位につけているという。

「僕も、移住前に8回も聖地巡礼をしました。公式の舞台探訪マップに記載されている場所には全部行きましたね。その中に、北アルプスを望める『スカイパーク』という公園があるのですが、駅から30分かけて歩いて行きまし。タクシーだと10分弱なのですが、彼らと同じように街を歩きながら、その風景を目に焼き付けたかったんです」

『スカイパーク』以外には、彼らが集う喫茶店のモデルとなった『バグパイプ』や『喫茶去 かつて』がオススメの聖地だという。

「特に、『かつて』の和風パフェ、あまがさねは最高においしい。『バグパイプ』では、作中にも登場する『ウィンナーココア』を必ず飲んでいます」とうれしそうに語る。聖地から生活の街へ、高山市を選んだ理由とは

ここまでなら、熱心なファンの聖地巡礼ではよくある話。しかし、植杉さんは、さらに一歩踏み込んだ「聖地移住者」だ。訪れると住むとでは、天と地ほどの違いがあるはずだ。

「『氷菓』にハマったのは、ちょうど、就職を考える時期でした。その際、満員電車を使って通勤するスタイルは不向きだと、地方都市での就職を検討していたんです。いわゆる、Uターン、Iターンですね。実は、『氷菓』を勧めてくれた友人も、僕が地方都市での就職に興味があることを知っていました。神山市(高山市)なら、僕が気に入ると思ったのでしょう。ただ、まさか本当に移住するとは思っていなかったようですが(笑)」
 
地方都市で公務員として働きたいと思っていた植杉さんは、高山市を何度も訪れるうちに、その先進的な考え方に感じ入るようになる。

実は高山市は、ミシュランの旅行ガイドでは京都・奈良と並び三つ星にランクされている、かなり人気の高い観光地。

特に外国人観光客は、約9万人の人口に対して年間約42万人も訪れているという。そのため、この規模の市では珍しく、都市の魅力を世界に発信するための取り組みに力を入れているのだ。

「ドイツへの留学経験もあり、できれば世界とつながる仕事がしたいと考えていました。そんな時、『氷菓』によって高山市の魅力を知ってしまった。歴史や文化、そして美しい自然。この素晴らしい街を日本中、世界中の人に知ってもらう手伝いをしたい。そう考えて、高山市役所の選考を受けました」

結果は、無事に合格。2016年から勤め始め、今年で3年目となる。

今は当初の志どおりに「高山市海外戦略部 海外戦略課」で、世界中にこの街の魅力を発信しているという。憧れの地から生活の地へ。植杉さんにとって、高山という街はどのように変化したのだろうか。

意外にもアニメグッズが少ない植杉さんの部屋部屋選びでこだわったのは聖地との距離の近さ

「高山市に住み始めてからは、聖地巡礼に行くことは少なくなりました。住み始めると、そこには現実の生活が生まれますからね。登山や温泉、釣り、スノーボードなど、高山市に移住したからこそ出合えた趣味も充実してきています。徐々にですが、現実の生活の満足度が増してきていると感じています」
 
聖地巡礼の方は、今やもっぱら、訪れる人をもてなす側だ。
「市の職員としてはもちろんですが、ファンの友人が来てくれたら、『氷菓』の聖地とともに、高山市の魅力や歴史も伝えています」

その言葉通り、取材スタッフも植杉さんに『氷菓』の聖地を案内してもらいつつ、高山市街の成り立ちやそこで行われる祭の歴史、伝統産業などの話を存分に聞かせてもらった。取材が終わる頃には高山市という街をすっかり好きになってしまったほどだ。

「僕が聖地巡礼をしていた時、地元の人が普通に話しかけてくれてうれしかった。高山市は決してアクセスしやすい場所ではなく、こんな所によく来てくれたという感謝の気持ちがあるんです。僕も、その気持ちで観光客の人に接しています」
という植杉さん。話すイントネーションを含めて、まるで生粋の高山人だ。

「ただ、聖地巡礼の回数が減ったとはいえ、部屋を決める時には、『氷菓』の世界にこだわりました。もちろんなのですが、『氷菓』の聖地のいくつかにも近い場所を選んだんです。『バグパイプ』や『喫茶去 かつて』にも歩いて行けますよ。今でもたまにお邪魔して、作中と同じメニューを頂いたり、氷菓ファンがコメントを寄せる『巡礼ノート』に目を通したりしています」もう1つの部屋を選んだ理由とは?

そして、今の部屋を選んだもう一つのこだわりが、窓から見える風景だという。

「天気がいい日には、北アルプスが一望できます。実家や大学生時代に住んでいた東京では、これほど雄大な山脈はなかった。この景色を見るたびに、『氷菓』のことが頭をかすめるし、『氷菓』に出合った結果として、高山市にいることを再認識させられます。憧れの地に住んでいるんだなぁと思うと、幸せを感じますね」

スカイパークからは市街地と北アルプスを一望できる

意外にも、植杉さんの部屋には『氷菓』グッズは少ない。
原作本と『バグパイプ』『喫茶去 かつて』で購入できるコースター、今年公開される実写映画のエキストラ記念でもらった台本を模したノート、それとポスターくらいだ。

これだけ少ないのは、窓からの雄大な北アルプスが、最高に『氷菓』を思い出させてくれるからなのかもしれない。

「北アルプスの景色は、聖地の中でも特別ですね。聖地巡礼にあまり出掛けなくなった今でも、仕事で疲れた時には『スカイパーク』でドライブします。連なる雄大な山々を眺めていると、自分の視野の狭さに気付かされる。あとは、昼間だけではなく、夜に天体望遠鏡で星を見ることもありますね。大事なリフレッシュ手段です」

「ながら見」になるため、部屋で『氷菓』を観ることはないフィクションだったものが植杉さんの現実を開いた

部屋探しの重要な基準の一つに、物件の周辺環境がある。多くの人は、仕事や学校などの縛りのなかから、住みたい街を選ぶだろう。

好きなアニメの聖地だから、という理由だけで住みたい街を決めるのは、少し勇気が必要かもしれない。しかし、植杉さんは「そんなに難しく考えずに、まずは一歩踏み出せば新しい世界が開けますよ」とアドバイスする。

「アニメなんて、所詮フィクションでしょう」と思う人もいるかもしれない。しかし、そのフィクションが、植杉さんと現実の世界とをつないでくれたのだ。

「僕は、聖地に住むために、高山市で仕事を探しました。聖地に住んでみたいだけなら、長期休みに賃貸物件を借りて住んでみてもいい。家を買うわけじゃないので、その土地に縛られることもない。違うと思ったら引っ越せるところ
が賃貸の良さですよね。学生なら、住みたい街の近くの会社でインターンとして働いてみるという手段もある。

いろんな場所で暮らしてみれば、人生を振り返った時、良い思い出として残るはず。人生は一度しかないからこそ、好きな場所に住んで好きなことをやってほしいですね」

植杉さんは『氷菓』について、「見ていた頃の自分を未来の夢につないでくれた大事な作品。『氷菓』に出会えたから、高山市で世界に向けた仕事ができている」と振り返る。

アニメをきっかけに住みたい街を選んだら、自分が夢見ていた人生の扉が開いた。
こんなケースが増えていけば、「聖地巡礼」の次は「聖地移住」が流行語になる日が来るかもしれない。

文=林田考司
写真=尾形和美

※「CHINTAI2017年5月2・18日号」の記事をWEB用に再編集し掲載しています。
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https://www.chintai.net/magazine/?news

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