体験を伝える―『ガジェット通信』の考え方

面白いものを探しにいこう 本物を体験し体感しよう 会いたい人に会いに行こう 見たことのないものを見に行こう そしてそれをやわらかくみんなに伝えよう [→ガジェ通についてもっと詳しく] [→ガジェット通信フロアについて]

大雨からひと月、朝倉のシンボル「三連水車」が再稼働

大雨からひと月、朝倉のシンボル「三連水車」が再稼働

7月5日から6日にかけて、福岡県と大分県を中心とする九州北部で発生した『平成29年7月九州北部豪雨』からひと月が経ち、朝倉のシンボルでもある三連水車が再び回りだしたということで、朝倉市へ行ってきました。

【さらに詳しい元の記事はこちら】

朝倉市は、平成の大合併で朝倉、甘木、杷木の三つのエリアが朝倉市になりました。個人的な話になりますが、筆者実は豪雨直後の7月9日の時に、たまたま近くに訪れていました。その際、タイミング良く付近に住む友人から無事の一報が入り安堵したのですが、毎年柿やぶどうを送ってきてくれる人で、三連水車のある地区の近くに住んでいます。そのまま会いに行こうかとも考えたのですが、向かう途中の手前の状況だけを見ただけでも酷いことがわかり……「今行っても自分の安全確保すらできてないのに邪魔になるだけだ」と引き返し、その後はテレビや新聞の報道を通じて見守っていました。しかし、杷木地区の様子は報道されていても旧朝倉町の様子はあまり映りません。時折入る知人からの話で、周囲の被害が大きいことだけは聞いていました。

そしてようやく少しは落ち着いたであろう一か月後の8月5日、現地を訪れてみたのですが甘木の先にある多比良中学の前を通ると、プレハブはやはり落ちかけた姿のまま。その近くにある石橋もやはり壊れたままでしたが、一か月前桂川を流れ橋にぶつかっていたたくさんの流木は片付けられていました。


車は朝倉地区へと入ります。ひと月前とくらべて歩道や道路などは綺麗になっていています。ですが、田んぼや畑は流れ込んだ泥が乾いていて、手がつけられていないのが分かります。そして知人の住むエリアに到着して驚きました。屋根とその下の部分だけを残して壊れたままの建物、撤去され更地になってなにもない場所。辛うじて残った家が何軒かありますが、ほぼ報道されていないエリアにこんなに被害の大きいところがあると思いませんでした。




以前『水害にあったとき』にという小冊子を記事で取り上げたことがあります。作成した震災がつなぐ全国ネットワークに取材をおこなった時に、現地にいずれ行くという話をしたところ、記事用とは別に現地の方へと十数冊多めに託されていたのです。そこで、被災した知人にすぐに届けていたのですが、その際近所の方へも配ってもらっていました。


1 2次のページ
おたくま経済新聞の記事一覧をみる
  • 誤字を発見した方はこちらからご連絡ください。
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちらから
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。