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「四国11日間・無一文の旅」。最後に見た、栗城史多さんからのメッセージ

「四国11日間・無一文の旅」。最後に見た、栗城史多さんからのメッセージ

前編はこちら

「今日は○○へ行きます。旅の話をしますので、よろしければ何か食べさせてください or 一晩泊めてください」

とTwitterでつぶやいては反応を待ち、声をかけてくださった人に会う。そんなギリギリのことを繰り返しながらも、本当に11日間無一文で四国を旅することができた。四国では宇和島、松山、徳島、高松などを回った。中には高速道路を走って次の町まで送ってくださった方もいた。「四国11日間・無一文の旅」。最後に見た、栗城史多さんからのメッセージ

誰に会っても「ほとんど食べてないでしょう。たくさん食べなさい」と、決まってご馳走を恵んでくださったおかげで、逆に太って帰ってくることになった。

無一文の精神は「豊さ」に繋がっている。— 中村洋太(フリーランストラベラー) (@yota1029) 2011年3月10日

「無一文」の体験が
教えてくれたこと

誰かに自慢できる話ではないし、無一文での旅を勧めるつもりもない。

でも、この体験をすることには、純粋に価値があった。

こんなにお金について考える時間を持ったのは、初めてだった。人の援助があったからとはいえ、お金がなくても旅ができてしまい「じゃあ、お金っていったい何だろう?」と、来る日も来る日も考えていた。

「無一文」という制限を設けるだけで、ありふれた日常がこんなにも新鮮味を帯びるなんて。刺激的な世界だ。— 中村洋太(フリーランストラベラー) (@yota1029) 2011年3月9日

「ポケットに財布がない」というのは、とても落ち着かないものだった。しかし、日が経つにつれて、解放感が生まれて気持ちよくなってきた。お金を忘れる、お金から自由になる、という状態だったのかもしれない。

お金を持つ普通の生活に戻っても、「無一文」の精神は大切なことだと思った。無一文の精神。それは「必要のないものは買わない」=「本当に必要なものだけを買う」ということ。「普段だったら、ここで飲み物を買ってしまうな」と思うことが何度かあったが、もちろんお金がないので買うことはできない。

しかし、時間が経ってみても、その飲み物を買う必要性を感じることはなかった。欲しい、と思ったけど、別に必要なかった。無一文になったおかげで、生きていくうえで本当に必要なものは何かと、真剣に考えるようになった。もしかしたらぼくは、本当は不要なものを、たくさん買っているのかもしれない。

無一文。それは流れていく感覚。お金がないことによって、選択肢は減る。しかし、選択肢の少ないほうが、余計なことに悩まなくなり、人生はシンプルになるのかもしれない。漫画『バガボンド』に出てきた言葉を思い出した。

「お前の生きる道は、これまでもこれから先も、天によって完璧に決まっていて、それが故に、完全に自由だ」

しかし、結果はどうだったか。自分の頭で考えて行動していたら会えなかったはずの人に会えた。お金を持っていても泊まれなかった場所に泊まれた。ガイドブックにも載っていない、地元の人おすすめの場所にたくさん行けた。

これらは、「お金があればできた」という類のものではない。つまり、お金を持っていても決してできないことを、無一文のぼくがしていたのだ。「四国11日間・無一文の旅」。最後に見た、栗城史多さんからのメッセージ
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