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デビュー作『Hide and Seek』から V系を超えていたPlastic Tree

7月29日に『Plastic Tree二十周年“樹念”特別公演』がパシフィコ横浜で開催される。本公演は『第一幕 【Plastic】things/1997–2006』と『第二幕 【Tree】songs/2007–2016』という昼と夜の2公演で、1997年~2006年、2007年~2016年それぞれの期間に発売されたアルバムの中から、ファンのリクエストによって1作品を決定し、昼夜公演それぞれでその作品を完全再現するという、こだわりのアニバーサリーライヴだ。どのアルバムがチョイスされるかは当日のお楽しみのようだが、当コラムでは本公演に先駆けてPlastic Treeのメジャーデビュー作『Hide and Seek』を取り上げる。
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決して順風満帆ではなかったデビュー期

継続は力なり。今、Plastic Treeを思うに、浮かんでくるのはこの言葉だ。1993年結成、1997年メジャーデビュー。同時期にデビューしたバンドの多くがすでに解散し、シーンからフェードアウトしている人も少なくない中で、20年以上に渡って活動を続けていること自体、称えられていい。しかも、彼らの場合、ここまでの道程がかなり興味深い。9thアルバム『ウツセミ』(2008年)、27thシングル「梟」(2009年)はチャートベスト10入りを果たしており、2007年以降に発売したシングルはコンスタントに最高位20位以上をキープ。日本武道館公演も数度行なっている上、2006年には海外でのツアーも実現と、今や売上、動員も高いレベルで安定している彼らだが、決してデビュー時から順風満帆というわけではなかった。デビューシングル「割れた窓」、1stアルバム『Hide and Seek』はともにチャートインせず、2ndアルバム『Puppet Show』は50位にランクインしたものの、2ndシングル、3rdシングルは依然チャート外。彼らは今も所謂ビジュアル系バンドと紹介されることが多いが、Plastic Treeがメジャーデビューしたのはそのビジュアル系の黄金期と言われた頃であり、デビュー作をいきなりチャート上位に叩き込むバンドもいたくらいなので、デビュー時の彼らへのリアクションはかなり低調であったと言わざるを得ない。
その後、作品毎に反応は良くなっていき、3rdアルバム『Parade』は19位と一定の成績を残すが、それにしても、ここまで誰もが知るヒット曲や、特別に大きなブレイクポイントがないまま、確実にそのポジションを上げて現在に至っている。こうしたしぶとい動きはあまり前例のないことではあろうし、少なくとも所謂ビジュアル系シーンでは他に見当たらないのではなかろうか。それは、それだけ彼らには地力が備わっていた証明でもあるが──。
ビジュアル系では括れないサウンド

そう述べておきながら何だが、Plastic Treeはビジュアル系で括られたからこそ、初期のリアクションが低調だったのではないか──1stアルバム『Hide and Seek』を聴いて、そんな気もしてきた。ここに収められた音は、彼らと同時期にデビューしたバンドの音とは大分違う。そりゃあ、メジャーデビューするようなバンドにはしっかりとした個性があるので、それぞれ音が違うのは当たり前だが、もっとはっきり言ってしまえば、Plastic Treeの音は(少なくとも当時の)ビジュアル系のそれではないのである。サイケデリック、ニューウェイブ辺りは他にもやっていたバンドはいただろうが、『Hide and Seek』で聴くことのできるシューゲイザーやマッドチェスターは明らかに他とは異なるし、ビジュアル系以外にフィールドを広げても、当時こんなことをメジャーでやっているバンドはほとんどいなかったと思われる。
先ほども言った通り、時代はビジュアル系の黄金期であった90年代後半。デビューシングル曲でもあるM3「割れた窓」でのサビのリフレインは手扇子が合いそうな気もするし、ややゴシックに見えなくもない初期のルックスからしても、レコード会社が彼らをビジュアル系として売り出したことは分からなくもない。しかし、同時に、ルックスや「割れた窓」から入って『Hide and Seek』を手にしたリスナーの中には、轟音ギターや変拍子に戸惑った人がいたかもしれないとも思う。今はそうでもなくなったが、その昔はビジュアル系に限らず、ジャンルで食わず嫌いするリスナーが多くいた。音楽情報を入手する手段のほとんどであった音専誌も大体ジャンル分けしていたので、それもやむなしだったのだろうが、それゆえにPlastic treeの音楽は届くべきところへ届くまでに時間がかかった印象もある。
まぁ、そうは言っても、90年代前半、Paint in Watercolourやdip、COALTAR OF THE DEEPERSといった日本でのシューゲイザーの先駆者たちはみんな評価こそ高かったが、セールス的に成功したとは言い難かったので、レコード会社も“Plastic tree=シューゲイザーバンド”とアピールするわけにもいかなかったのだろう。要するに、これはこれで仕方がなかったのだろうし、チープな言い方になるが、彼らが浮上するには時代を待たなければならなかったということだろう。何か堂々巡りの文章になってしまったが、デビュー時のPlastic Treeの微妙な立ち位置が分かってもらえれば、と思う。
シューゲイザー、サイケデリックが全開

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