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80‘s音楽シーンの仕掛け人、ピーター・ゲイブリエルの『So』は全英1位、全米2位の大ヒット作

ジェネシスを脱退したピーター・ゲイブリエルは、ソロアーティストとして良心的な作品を生み出し続けた。特に初期の4枚(タイトルは全て“ピーター・ゲイブリエル”である)は芸術性が高い割に好セールスも記録、同時代のアーティストに与えた影響は大きく、80年代ロックの方向性を決定付けるほどの力があった。今回紹介する『So』は彼の6枚目のソロ作品で、スタジオアルバムでは初めて“ピーター・ゲイブリエル”ではないタイトルが付けられた作品となる。シングルカットされた「スレッジハマー」が全米1位を獲得する大ヒットとなり、アルバムも大成功を収めた。
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ジェネシス=ゲイブリエル

1967年に結成されたジェネシスは、演劇的な要素を持つプログレッシブロックグループであった。僕がこのグループを知ったのは中学生の時で、彼らの3rdアルバム『怪奇骨董音楽箱(原題:Nuesery Cryme)』(‘71)がリリースされた頃だ。購入理由は、この邦題に惹かれたからという単純なものだ。この時代のロック好きの若者は、ほとんどがハードロックとプレグレに入れあげていたのだが、クリムゾン、イエス、EL&Pらに押されて、ジェネシスのファンは少数派であった。しかし、このアルバムはフィル・コリンズ(そう、あの人です)と名ギタリストであるスティーブ・ハケットが参加した最初のアルバムであり、完成度は極めて高く、中でも作詞のほとんどのヴォーカルを担当するピーター・ゲイブリエルのカリスマ性に、子供ながらも魅せられてしまった。
この後もジェネシスは『フォックストロット』(‘72)、『ライブ』(’73)、『月影の騎士』(’73)と順調にアルバムをリリースするのだが、74年に2枚組の大作『幻惑のブロードウェイ』を出した後、個人的問題を理由にゲイブリエルはジェネシスを脱退する。ツアーに出るより家族と一緒の時間を過ごしたいというような話も当時は出回っていたが、その本当の理由は分からない。ただ、ゲイブリエル自身は、おそらくジェネシスでできることはやりきったのだろうと思う。
ジェネシスというグループは、ゲイブリエルの考える音楽を創造するために存在したと言っても過言ではない。ジェネシスが他のプログレのグループと根本的に違うのは、演奏面で弾きすぎないところにある。ゲイブリエル以外のメンバーが目立つことは決してなく、ゲイブリエルのパフォーマンスを最大限に引き出すためにメンバーは存在していると言ってもいい。それも押し付けられて嫌々やるのではなく、それがグループとして最善だという考えからである。だから、僕はジェネシスとはピーター・ゲイブリエルそのものだと思うのだ。
セールスよりも芸術性を重んじたゲイブリエルのソロ

結局、ジェネシスを脱退した2年後の1977年、キング・クリムゾンのロバート・フリップやトニー・レヴィンの協力を得て『ピーター・ゲイブリエル(邦題は『I』)』でソロデビューを果たす。巷ではAORやパンクロックが人気を博していたが、そんなことはお構いなく、ジャンル分けができないゲイブリエル・サウンドを展開している。ジャケットデザインはジェネシス脱退直前の『幻惑のブロードウェイ』と同じくヒプノシスが担当しており、素晴らしい仕事をしている。音楽的にはポップさよりも芸術性を重んじたジェネシス的な展開が垣間見える仕上がりであったが、セールス的にも悪くなかった。
翌年の78年、2ndソロとなる『ピーター・ゲイブリエル(邦題は『II』)』をリリース、前作と比べると少しはキャッチーで、パンクやニューウェイブ的な香りがするものの、やはりゲイブリエルらしい真摯さが感じられる作品となった。大人向けの良質なロックで、かといってAOR感はまったくないのだからすごいと思う。
さて、ジェネシス時代とはまったく違うゲイブリエルの才能が開花するのはここからだ。80年にリリースされた『ピーター・ゲイブリエル(邦題は『III』)』はデジタル時代ならではのシンセサイザーを取り入れつつも、人力の演奏も大切にするというスタンスで新境地を切り開くことに成功し、以降のゲイブリエルにとって大きな存在となる民俗音楽へのアプローチも少し感じられて心地良い。今となっては少し古臭くも感じるが、ゲイトエコーを使ったスティーブ・リリー・ホワイトのプロデュースが光っている。ポップさがあまり感じられないにもかかわらず、全英チャートで1位を獲得するのだから、80年代初頭の混沌としたロックシーンも捨てたものではないと思う。
次作の『ピーター・ゲイブリエル(邦題は『IV』)』は82年にリリース、同年には80年代の音楽シーンにとって重要なワールドミュージックのイベントとなる『WOMAD』の第1回目が開催されている。ゲイブリエルの舵取りで行なわれたこのイベントによって、アフリカをはじめ、トルコ、イスラエル、インド、パキスタンなどのアーティストに、世界中の注目が集まることになる。日本のレコード店でもワールドミュージックのコーナーができたり、専門店までが登場するのは、ゲイブリエルのおかげだと言ってもいいだろう。話が前後するが、この『IV』は彼の代表作であり、80‘sロック史に残る傑作である重要作である。彼のクリエイティビティーがもっとも冴えていたのは、この時期であろう。
本作『So』について

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