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結果が出ず「発狂寸前」に。絶望しかなかったが“常識を疑う”ことで救われた――勝率9割の“プロギャンブラー”のぶき氏がこの仕事を選んだワケ

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大学卒業後、ギャンブラーとして15年間、世界をさすらいながら生きてきた男がいる。

勝率は神の領域と言われる9割。出入り禁止となったカジノは数知れず。そんな破天荒な人生を生きる男の名はプロギャンブラー・のぶき。ギャンブルで勝ち続けるために必要な思考力、決断力、行動力はそのまま仕事や人生で成功するために必要不可欠な要素だ。事実、のぶきさんの元には様々な企業や学校、団体から就職や転職、ビジネスをテーマとした講演依頼が殺到している。今回は自らの人生を振り返りつつ、そこから得た、仕事や人生で勝ち抜くためのメソッドや人生の岐路に立った時の後悔しないための選択法などをたっぷり語っていただいた。f:id:k_kushida:20170711194401j:plain

のぶき(本名:新井 乃武喜)

1971年、東京都出身。大学卒業後、25歳の時にプロギャンブラーを目指して単身アメリカへ渡り、修行を開始。2年後、無敵のプロギャンブラーとなりラスベガスをはじめとする世界中のカジノを周遊。ギャンブルの世界では神の領域とされる「勝率9割」を達成。ギャンブルだけで生活し続け、15年間で世界6周、今まで訪れた国は82ヵ国におよぶ。現在の主な活動はプロギャンブラー人生で得た経験や生き様を伝える講演や、『日刊SPA!』や『Lifehacker』での記事執筆、メディア出演など。著書に『勝率9割の選択』(総合法令出版)、『ギャンブルだけで世界6周』(幻冬舎)がある。 Facebook ブログ

前回は、のぶきさんがプロギャンブラーへの道を進む経緯について紹介した。仲の良かった友人たちから軒並み反対されたが、それでも決心が揺らぐことなく道を突き進んだのぶきさん。今回は友人の反対を振り切り単身アメリカに渡っての修業時代を中心に語っていただきます。

意気揚々と渡米、しかし発狂寸前に

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──ラスベガスでまずはどんなことをしたのですか?

毎日10時間以上、ギャンブルの専門洋書を読んだり、それを元にブラックジャックの練習を独学で始めました。英語は全然喋れなかったのですが、大量の英語で書かれた書籍を読むことで覚えていきました。最終的には800冊以上の洋書を読破しました。

──ブラックジャックの練習というのはどのように行ったのですか?

自分の部屋の中で、ディーラー役もプレイヤー役も自分でやり、カジノのブラックジャックのルール通りにカードを配って、学んだテクニック通りに賭けていくんです。部屋でバーチャルに勝負して勝てるとわかったらカジノへ行こうと思っていました。部屋で勝てないとカジノへ行って勝てるわけがないので。

でもいくら修練を積んでも、本に書いてある通りに勝てる結果が出なかったんですよ。ギャンブルって数学の確率・統計なんです。だから1時間ごとにどういうふうになるのか、統計を全部出していくんですね。1日10時間、毎日部屋で延々とカードを配ってるだけ。それが3ヵ月続くんです。きついとかつらいとか言葉で表現できるレベルを越えてましたよ。毎日ストレスで血を吐いてましたから。

毎日コールタールの海を泳いでいるような、底なし沼に溺れていくような感覚でした。この修業を続けていて本当に勝てるようになるのかわからない。それが一番つらかったですね。頑張れば結果に結びつくことを信じることができればいくらでも頑張れますが、結びつくかどうかわからない中で努力するのは本当につらかったです。

そんな毎日が1年半くらい続いたある日、不思議な感覚に襲われました。練習中、自分の部屋で誰かの喋ってる声が聞こえるんですよ。でもこの部屋は僕1人しかいないからおかしい。で、誰だろうと思って声が聞こえる場所まで歩いて行ったら、鏡に映ってる自分がずっと喋ってるんです。「あっ!」って言って指を差したら鏡の中の僕もこっちを指差してて。3ヵ月間誰とも会話せず、延々と独り言を言っていたんです。しかも、それに全く気づいていなかった。その時は本当に恐怖で身震いして、このままでは気が狂って終わるなと思いました。

結局、1年半の修業でわかったことは、本に書いてあった「ブラックジャックのプロになれる」というのは嘘だったということです。ブラックジャックの本を10冊読んでスキルをマスターし、さらにその中から有効なスキルを抽出して組み合わせ、自分オリジナルの最強の技を編み出していました。ブラックジャックの世界でトップレベルに近づけた自信はあります。にもかかわらずわかったのは勝てないという事実。正直、絶望感しかありませんでした。これだけブラックジャックを極めたのに、カジノに行きもせず負けを認めるという…。でも、これがプロかと…。

──部屋で負け続けても試しにカジノへ行って勝負してみるという選択肢はなかったのですか?

勝てる勝負しかしないのがプロです。何でも勝負したがるのはただのギャンブラーです。プロの勝負師はギャンブルをしません。するのはビジネスです。

今振り返ると、僕の失敗はプロギャンブラーを目指した時に、ブラックジャックのプロを選択してしまったことです。本にブラックジャックならプロになれると書いてあったから目指したわけですが、そんな人はこの世に存在しなかった。言うまでもありませんが、ロールモデルとなる存在がいないその道のプロになることほど難しいことはありません。リアルに確認できない全情報は疑うべきでした。

それで結局1年半経ってもプロになれないし、プロになれるめどすら立たず、発狂寸前にまでなって、絶望感に打ちひしがれてしまった。それで一旦ギャンブルの修業から離れて、休憩することにしたんです。

──精神崩壊の危機に直面してもプロギャンブラーの道をあきらめなかったのはなぜですか?

もしプロギャンブラーになれれば、つらい思いをしている子どもへ手が差し伸べられる。その必要な能力として、世界中を見て回り、自分自身のメンタル、思考力、決断力、行動力などが今より絶対強くなると思っていたからです。ここを乗り越えた後に絶対素敵なところに行けるということだけはわかっていたので。

また、家族や友人みんなにプロギャンブラーになると宣言してアメリカに来ていたというのも大きいですね。中途半端にあきらめたら彼らに顔向けできませんからね。

何より最初に、貯めた1000万円が0になるまでやろうと決めてたからです。1年半経っても使い切ってないし、まだ自分は勝負できると思っていました。そもそもあきらめるという選択肢自体、最初からなかったんです。

一時帰国から突然の閃きで突破口が開けた

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──“休憩”とは具体的にはどのような?

日本に帰って映画を観たり、本を読んだりして、ギャンブルから意識的に離れました。そんな感じで帰国して3ヵ月が経ったある日、たまたまある閃きが降りてきました。同じブラックジャックでもカジノによって全然ルールが違うんですね。カジノ業界でブラックジャックはこうすれば勝てると言われていたスキルをマスターしてもダメだったのならば、逆に絶対に勝てないと言われているルールのカジノへ行けば勝てるかもしれないと思ったんです。逆転の発想ですよね。常にあらゆる常識を疑うことはとても大事なことです。

それでその勝てないと言われているカジノのルールで試しに統計を分析してみたら、ビックリすることに勝てたんですよ。この時は「うわーっ、キター!」って思いましたね。ソッコーでそのカジノがあるニューオリンズに行き、さらに1ヵ月間、仕込み直しました。

──“仕込み直し”というのは具体的には?

ギャンブルは確率と統計に支配されているので、カジノにコンピューターを持ち込むことはできません。ならば、自分の頭の中にブラックジャックのICチップを埋め込めばいいわけです。そもそも3ヵ月間、ギャンブルから離れていたわけなので勝ち方の微妙な部分を覚え直す、インプットし直す必要があった。それが仕込み直しです。より完璧な結果を目指すために、どっぷりギャンブルに集中できる環境に身を浸そうと、ニューオリンズの近郊に安宿を借りて1ヵ月ほどこれまでやってきたようなシミュレーションを行いました。その結果、やはり何回やっても勝てるという確証を得て、初めてカジノへ乗り込みました。自分の部屋で勝てるのだからカジノで負けるはずがありません。勝ちすぎて初めてカジノから追い出されました。カジノから追い出されて初めてプロギャンブラーとしての称号を得られると思っていたので、この日が僕がプロギャンブラーになった日です。アメリカに渡って2年後のことでした。それ以来、ブラックジャックは、ディラーにイカサマをされない限りは、負け知らずの勝率10割で、行く先々のカジノで追い出され、出入り禁止を食らいました。

こうなるとブラックジャックに関して最重要課題は“見切り”になります。当然、カジノから追い出されるギリギリまでプレイした方がお金を稼げるので、最後の1秒まで粘りたい。でもカジノ側も僕を追い出そうとしてるので、そのギリギリのタイミングを読むんです。その駆け引きがすごく楽しかったですね。カジノの裏口から逃げるように出ることもしょっちゅうでした。

──ではそれからはカジノへ行けば必ずお金が稼げるウハウハ状態なので楽しかったでしょうね。

当時はカジノへ3ヵ月通えば1年分の生活費を稼げていました。つまり1年のうち、3ヵ月だけ働けば、残りの9ヵ月は遊んで暮らせていたのですが、そんな人生なんて楽しくも何ともありません。価値がないとすら言っていい。そもそも僕は休みたいと思わないことを仕事にしたいと思ってプロギャンブラーの道を選んだわけですから、365日本気になれそうな他の仕事を探し始めたんです。また仕事案をリストアップして、麻雀やパチンコなどのギャンブルや、ギャンブル以外も考えました。プロギャンブラーで生きてきたし、ギャンブルで培ったスキルでビジネスでも勝負できる自信があったので、日本に帰ってトップサラリーマンを目指そうかなとも考えました。

そんな時にあるプロのポーカープレイヤーと出会いました。彼のポーカーの腕前自体は一流でかなり稼いでいたようでした。ある日そのプロがゲームセンターで人気の100万円もするゲーム機を買っているから家に遊びに来なよと誘ってくれました。それを聞いた時にこの人がプロのポーカープレイヤーになれるなら僕も可能性があるなと思ったんです。

──どういうことですか?

ギャンブルで生きていくために最も重要なのはお金の使い方です。コストパフォーマンスが合うか合わないか。そこだけです。今のゲインに対して見合う分だけのコストをきっちり払い続けたらお金は増えていきます。でも、お金が余っているとしても100万円のゲーム機を買うのはお金の使い方として間違ってる。だからこの人がなれるのなら僕もなれるかもと思い、ポーカーのプロを目指すことにしました。そしてまた一からポーカーの勝ち方を勝負しながら学び続け、ポーカーでも神の領域と呼ばれる勝率9割を誇れるようになったんです。

プロのレベルまで到達できたポーカーの種目はセブンカードスタットポーカー、ノーリミットテキサスホールデムポーカーの2つ。これにブラックジャックを合わせた3つでどこでも稼げるので、アメリカ以外にも中南米やヨーロッパ各国のカジノへ武者修業に行きました。15年間で訪れた国は82ヵ国。トータルで世界6周しました。その間、もちろんギャンブルの収入だけで生活していました。最初に描いていた、世界中の国を勝負しながらさすらうプロギャンブラーになるという夢を叶えたわけです。

──プロギャンブラーとして世界をさすらっていた時のモチベーションは?

ギャンブルの世界は厳しいんですよ。常に壁が立ちはだかる。でも答えを他のプロが教えてくれることは皆無です。一匹狼の世界。この壁をどうすれば乗り越えられるかを必死で考えて、答えをひねり出す。それをやりきって壁を乗り越えた時の達成感、爽快感は言葉ではとても表現できません。ブラックジャックのときもポーカーのときも、こうすればうまくいくんだということや日々自分が成長していることをリアルに感じられたのがすごくエキサイティング。これが最大のモチベーションでした。

──日本に帰国した経緯は?

2011年3月、東日本大震災のニュースをパナマで見ました。すぐラスベガスへ行って、ギャンブラーからの義捐金募集活動にすべての時間を費やしたんです。そして、ボランティア活動をするため6月に一時帰国しました。しばらくすると、3年ぶりに一時帰国したのを気づいた3社から、旅やギャンブルのスキルを使った仕事の依頼をいただいたんです。また世界放浪生活に戻り、5大陸44ヵ国を周って、2012年9月に帰国しました。

帰国してからはいろんな会社からこれまでのプロギャンブラーとしての経験を話してほしいという依頼が殺到して、毎週トークイベントに登壇させてもらいました。半年の日本滞在後はイタリアのオレンジを投げ合うお祭りに行く予定で、旅行代理店で旅の手配をしていたんです。そんな時、たまたま高円寺の旅カフェで仲良くなった、シェアハウスを経営している会社の人に、日本にいる時だけでいいからうちのシェアハウスに住もうよって誘われました。でもまたすぐに海外に行く予定だからなあと思っていたところ、僕が出演したトークイベントを聞きに来た出版社の人から、これまでのプロギャンブラーとしての体験を元に本を書かないかというオファーをいただきました。本を書くことも僕の夢の1つだったんです。このふたつのお誘いが重なったことで、日本に残ることにしました。以来、今までずっとシェアハウスに住んでいます。f:id:k_kushida:20170711201042j:plain

日本に帰国してからはプロギャンブラーとしての活動を一切行っていないのぶきさん。もうプロギャンブラーは引退してしまったのかと思いきやーー次回は現在の活動と仕事をする上で大切にしていることなどを熱く語っていただきます。乞う、ご期待!

次回は7月27日(木)掲載予定です。

文:山下久猛 撮影:守谷美峰

【第1回目記事はこちら】

就活せず。周りから「現実逃避だ」と言われても、この道を目指した――勝率9割の“プロギャンブラー”のぶき氏がこの仕事を選んだワケ – リクナビNEXTジャーナル

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