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世界に比類なきバンド、DIR EN GREY、 その片鱗が隠された初期作品『GAUZE』

7月7日&8日に開催したPIERROTとのジョイントライヴ『ANDROGYNOS』が話題となったばかりのDIR EN GREY。所謂ビジュアル系のシーンから登場したバンドではあるものの、今やその枠を完全に飛び出し、オンリーワン的な存在感で海外でも高い評価を受けている。その独特の世界観はいかにして生まれてきたのか? メジャー1作目のアルバム『GAUZE』からその片鱗を探る。
『GAUZE』(’99)/DIR EN GREY (okmusic UP's)
シングル「-I’ll-」で衝撃的にシーンへ浮上

去る7月7日、神奈川・横浜アリーナにて『ANDROGYNOS』を観た。ともに1990年代後半から2000年代前半かけてシーンをけん引しつつも、これまで“交わる事の無かった2バンド”の邂逅ということで、会場内の空気は独特のスリリングさ。しかし、ステージが始まると即座に一体感が生まれるという、両バンドのポテンシャルというか、貫禄を見せつけられた格好だったが、個人的にもっとも興味深く感じたのは、久々のPIERROT のパフォーマンスもさることながら、DIR EN GREYの進化っぷりだった。というのも、正直に白状するが、筆者がDIR EN GREYのライヴを観たのは彼らのメジャーデビュー時、多分1998年前後以来。ここまで発表してきた音源を精査することもなかった。まさに隔世の感であったからこそ、いい意味で啞然としてしまったのだが、誤解を恐れずに言えば、これほどポップさの排除されたバンドが日本において今もなお支持されている事実は衝撃的である。それをまさしく目の当たりにして、食い入るようにステージを凝視し、サウンドを傾聴し続けた。
というわけで、今さらながら俄然DIR EN GREYに興味が沸いて、デビュー時の彼らがどうであったのかを分析してみたく、今回は1999年に発表された『GAUZE』を引っ張り出してきた次第である。ファンにしてみれば“何を今さら…”と思われる記述も多かろうが、若干浦島太郎的である状態に免じて何卒ご容赦いただきたい。
アルバム『GAUZE』を分析する前に、筆者がDIR EN GREYと言って思い出す、98年発表のシングル「-I’ll-」について少し触れさせてほしい。初めて聴いた時、アレンジ、録音状態など全体的なサウンド感はともかくとして、サビのポップなメロディーラインがインディーズ離れした感じで、「よくできた曲だなぁ」と感心させられたものだ。多くの人もそう思っただろうし、実際、インディーズでのリリースでありながらチャート上位にランクイン。当時のインディーズ記録を作った彼ら出世作である。この「-I’ll-」発売前後に初めてDIR EN GREYに取材をさせてもらった。メンバー5人へのインタビューだったと思う。確か『GAUZE』も、シングル「アクロの丘」「残-ZAN-」「ゆらめき」も発売されていない時期で、事前に聴くことができた音源は「-I’ll-」とその前のシングル「JEALOUS」だけだったと記憶しているが、上記の通り、とにかく「-I’ll-」を気に入っていたので、“どうしてこんなにいいメロディーが書けたんでしょう?”といった質問をストレートにぶつけた。すると──正確な言葉と、誰がそれを発言したのかは完全に失念したが、「「-I’ll-」のことばかり訊かないでください」だったか、「DIR EN GREYには「-I’ll-」以外の曲もあります」だったか、いずれにしても若干否定的なニュアンスで、その意外な返答に少し驚いた記憶がある。
以後、ここまで彼らへの取材機会がなかったので、それがどんな趣旨での発言だったのか確かめる術もなかったが、そこから現在のDIR EN GREY──それこそ先日の『ANDROGYNOS』でのステージを観てみれば、あの時の発言は「バンドをひと括りにしてくれるな」という意味だったことが分かる。メロディアスな部分も彼らの一面であることは間違いないのだが(少なくともあの時点で…は、だが)、バンドの本質はそれだけではないということを強調したかったのだろう。
大衆性を排除したとおぼしき音作り

と、DIR EN GREYにはそんな思い出があるので、DIR EN GREYというバンドはもともとメロディアスな部分が突出していたが、そのバランスが変化し、インダストリアルであったり、モダンヘヴィネスであったりするワールドワイドな方向へ進んだものと勝手に考えていた。ところが、本稿制作のため、アルバム『GAUZE』を聴き、これまた少し驚いた。当時からのリスナーはまさに“何を今さら…”であろうから、恥を承知で書くが、このバンドは初期から意識的にポップさを排除していた形跡がある。それは、とりわけメジャーデビュー作品が「アクロの丘」「残-ZAN-」「ゆらめき」のシングル3作品が分かりやすいと思う。
いや、M12「アクロの丘」はメロディアス、M3「ゆらめき」はキャッチーで決して一般リスナーを突き放しているような印象はないのだが、問題はM11「残-ZAN-」だ。おどろおどろしいイントロから始まるノイジーなコア系サウンドで、メロディーがなくはないが、ヴォーカルは終始シャウトという、今でも“よくこれをシングルのタイトル曲にしたな”と思うほどユーザーフレンドリーさがほとんど感じられない楽曲である。タイプの異なるシングルを3枚同時リリースすることで、件の“バンドをひと括りされないように…”という意図があったとは想像できるが、何でも彼らが『ミュージックステーション』に初出演した時に演奏したのが「残-ZAN-」だったというから、「アクロの丘」と「ゆらめき」で「残-ZAN-」を糊塗、隠蔽したとは言わないが、デビュー時の彼らはあえて大衆性のないもの──少なくとも一般的には大衆性がないと思われているものを世に問うたと思われる。
3作同時リリース以前に、「残-ZAN-」をシングル発売したこと自体がかなりアグレッシブな行為だったと言わざるを得ない。ちなみに『ミュージックステーション』での「残-ZAN-」はステージセットも楽曲の世界観を踏襲した過激なものだったことで、局には苦情が寄せられたという。メンバーはさぞかし溜飲を下げたのではなかったか。
“もともとDIR EN GREYはポップさを排除していた”というのはそう的外れではないとは思うが、さすがにM11「残-ZAN-」だけをもってそう言うのは乱暴だろう。ここからは肝心の1stアルバム『GAUZE』でその仮説を証明していこう。件の1stシングル「アクロの丘」「ゆらめき」の他、M6「Cage」とM9「予感」という2ndシングル、3rdシングルも収録されているので、全面的には大衆性を忌避しているような感じはないのだが、逆に言うと、シングルナンバーを除けば、やはり意図的にポップ感を排除しているようにも思える。M2「Schweinの椅子」は転調してメロディアスにはなるのでポップでないこともない印象だが、所謂ヘドバンが似合うビートに重なる妙なシャウトのヴォーカルというスタイルは、この手の音楽が好きじゃない人の指向は促さないだろう。M5「304号室、白死の桜」のメロディーはいかにもビジュアル系な感じだが、各々が個性的なプレイを披露しながらダークなサウンドメイキングをしている様子が興味深い。メタルというよりはプログレの匂いのするM7「蜜と唾」はほとんど甘さを感じないし、ヘヴィグルーブなM8「mazohyst of decadence」の各パート渾身のパフォーマンスはサウンドコラージュのようだし、パンキッシュなM10「MASK」は所謂歌メロはほとんどない。
M1「GAUZE -mode of adam-」とM13「GAUZE -mode of eve-」をSE的なものと考えれば、収録曲は実質11曲。そのうちの半分がポップでないなら、“もともとDIR EN GREYはポップさを排除していた”という何よりの証拠になるのではなかろうか(M4「raison detre」はここまで解説した楽曲に比べればポップミュージック的な展開があるほうだが、サウンドが決してそれに迎合していない感じがあるので、その中間といったところか)。
個性的な各パートとサイケデリックサウンド

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