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妊娠7週で胎のうが確認できず…。「胞状奇胎」を告げられ、泣きながら帰ったあの日

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『胞状奇胎』

胎盤成分の腫瘍性増殖を起こす【異常妊娠】のことです。

きちんとした治療を受けないと癌になる可能性のある病気です。

残念ながら胎児は成長しません。

なぜ胞状奇胎になるのか、原因はわかっていないそうです。

そう。私はこの病気になりました。

妊娠検査薬で陽性が出て、妊娠5週の時、初めて婦人科を受診しました。

「まだ胎のう(赤ちゃんが入った袋)が見えませんね。また2週間後に来てください。」

そう言われ、特に何の心配もすることなく2週間を過ごしました。

妊娠5週くらいだとまだ胎のうが確認できないことは、珍しいことではないと知っていたからです。だからまさか自分自身が病気になるなんて思ってもいませんでした。

2週間後、妊娠7週の時にまた婦人科を受診しました。

「やっぱりまだ見えないですね…。一度、大きな病院で診てもらいましょうか。」

一瞬、何を言われたのかわかりませんでした。

「何か異常ですか?」

そう聞き返すと、

医師は「まだわかりません。ただその可能性があるので早めに大きな病院へ行きましょう。」

そう諭されました。

今思い返しても、その時何を思い、何を感じたのか覚えていないくらいショックを受けました。

オーバーな言い方かもしれませんが、これまで生きてきた中でこんなにも不安な気持ちに襲われたのは、初めてかもしれません。

その2日後、紹介された病院へ紹介状を持って受診しました。色々と検査をした結果、「今回の妊娠は残念ですが、諦めてください。【胞状奇胎】という異常妊娠で、手術する必要があります。」

「…。」

何も言葉が見つかりませんでした。

ただただショックで、帰り道、通常ならバスで帰宅する道のりを泣きながら歩いて帰りました。

自分を責めて、たくさん泣きました。 関連記事:「特殊な流産」、そして1年間の妊娠禁止…胞状奇胎の処置とその後

そしてその夜、真っ赤な出血がありました。そこで初めて、妊娠の継続は不可能なんだと、理解しました。

それから数日後、流産の時と同じ手術(子宮内容を除去する)を行いました。子宮の入り口を拡げる操作(子宮頚管拡張)を行い、その後全身麻酔をして、手術をしました。

身体は特に何も変わらないのに、心はもうボロボロでした。

無事に手術を終えましたが、この病気はこれで終わりではありません。外来で暫く妊娠性のホルモンの上昇がない事を定期的に確認していく必要がありました。

私の場合、10ヶ月間定期的に病院へ通い、血液検査をして数値の上昇がないかを確認する、簡単な検査を受けました。

晴れて病院を卒業できた時は、正直嬉しいというより次の妊娠への不安で溢れていました。

だからこそ、この次に妊娠し無事に出産できた時は、もう本当に感慨深いものでした。

この病気を通して、本当の意味で、子を授かり無事に出産できることがどれだけ特別なことかわかりました。病気をして良かった!とは言えないけれど、病気をしたことで人の気持ちに寄り添うことができるようになりました。

私の人生を大きく変えたのはこの【胞状奇胎】という病気でした。 関連記事:流産のショックに追い打ちをかけた「胞状奇胎」の告知。私はもう一度妊娠できる…?

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著者:まなくんママ

年齢:30代

子どもの年齢:6歳・2歳

子どもの寝顔に日々癒され、反省させられるアラサー主婦です!

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。

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