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海外で「暮らす」ことを本気で考えたときに気づいた、大切なこと。

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海外で「暮らす」ことを本気で考えたときに気づいた、大切なこと。

「今まで行った街の中で、どこがいちばん良かったですか?」
「どの国がいちばん好きですか?」

街であればベネチアやポルト(ポルトガル)と答えるかもしれないし、もう一度訪ねたい場所であればアラスカと答えるかもしれない。主観的な答えにはなるが、このような質問はよく受けるから、さほど悩まずに答えられる。

だけど、何年か前に尋ねられた質問には、意外と悩まされた。

「今まで行った中で、住むとしたらどこがいい?」
「え、住むなら?」


うまく答えられず、なんだかモヤモヤした。
旅行で訪ねる分には、どこの国だって行ってみたい。だけど、住むとなれば色々な条件が出てきそうだ。そしてその条件は、「人生で何を大切にするか」「どんなときに心地良さを感じるか」という、人それぞれの価値観によって異なる。

ミャンマーで起業した
日本人

海外で「暮らす」ことを本気で考えたときに気づいた、大切なこと。

便利さや快適さだけ求めるのであれば、先進国に住むのがいい。しかし、きっとある人にとっては快適さよりももっと大切ものがあるからこそ、アジアやアフリカなどの途上国に住むのだろう。

今年3月、ミャンマーで起業したふたりの日本人とヤンゴンで食事をしていたとき、突然レストランが停電した。

「こんなの、いつものことですよ」

と彼女は笑った。
新谷夢さん(左)は、お土産用のクッキーをヤンゴン最大のボージョー・アウンサン・マーケットで売っている。ミャンマーに来るまでは、日本の地方銀行で働いていた。この国で暮らしてもう5年になるが、人々の生活のペースが自分に合っているのだそうだ。

村上由里子さん(右)は、新卒でルワンダに行きゲストハウスを建て、現在はミャンマーで事業を立ち上げている。お手伝いさんの人材派遣会社を設立し、奔走する日々だ。

ふたりとも自分と同い年の女性とは思えないくらい、「アジア最後のフロンティア」といわれるミャンマーでたくましく生きていた。

そこに暮らす者の幸せと
暮らさない者の幸せ

海外で「暮らす」ことを本気で考えたときに気づいた、大切なこと。

住むとしたら、どこがいいかーー。

その質問を受けてからというもの、ぼくはどこに行くにしても、「もし、ここに住むとしたら」という想像を働かせるようになった。
2015年の冬に、アラスカ北極圏の小さな村で出会ったジャックさんのことも忘れられない。

コールドフットという世界最北のトラックストップ(ドライバーが休憩したり睡眠を取ったりする場所)からさらに北へ20kmほど走り、ワイズマンという小さな村を訪れた。かつてはゴールドラッシュで栄え、多くの人が集まっていたが、現在の人口はたったの12人。その貴重な村人のひとりであるジャックさんが、暖炉のあるロッジの中で、この村での生活について話してくれた。

夏に収穫したジャガイモやニンジンを雪の下に保存して、1年かけて食べるのだそう。そして自ら猟に出て、カリブーやムース(ヘラジカ)、ドールシープ(山羊)などを獲ってくる。

近くに学校はなく、子どもの教育は家庭で行う。ジャックさんが見せてくれた家族写真には、この村の人口の4分の1が写っていた。みんな、とても幸せそうな笑顔だった。スーパーなどがある町まで400kmも離れた、周囲に何もない北極圏の世界で、こうして暮らしている人がいるということ。それを知れたことは、きっと大きな財産になるだろう。

ぼくはここに暮らしたいとは思わなかったが、人それぞれ、自分にあった暮らしというものがあるのだと強く感じた。ジャックさんにとっては、きっとここで暮らすのが幸せなのだ。

そのうち、大きなオーロラが夜空に広がった。この地では、年間240日前後オーロラが出るといわれている。ジャックさんは、もう飽きるほど見ているのだろうが、旅行者であるぼくにとっては、幸福な瞬間だった。きっとどんな場所にも、そこで暮らす者の幸せがあり、そこに暮らさない者の幸せがあるのだろう。

居心地のいい街
「サンディエゴ」

海外で「暮らす」ことを本気で考えたときに気づいた、大切なこと。

2014年にサンディエゴを訪れたのは、本当に偶然だった。長期休暇でカリフォルニアへ行ってみたくなり、たまたま友人からサンディエゴに住む日本人を紹介していただき、3日間だけこの街に滞在した。そのときの居心地の良さが忘れられず、「サンディエゴで生活をしてみたい」と思った。珍しく「住んでもいい」と思える街が見つかったのだ。

それで今ぼくは、この街の語学学校へ通いながら、2ヶ月間生活をしている。留学経験のなかった自分にとって、海外で生活をすることが昔からの憧れだった。
多くの日本人にとっては、カリフォルニアといえばサンフランシスコとロサンゼルスだろう。第3の都市サンディエゴも非常に良い場所だが、その割にまだまだ知名度は低い。

ここはメキシコ国境に接しているため、街には多くのメキシコ料理屋がある。安くて、最高にうまい。タコスとブリトーはサンディエゴの人々のソウルフードだ。

そして休日になれば、みんな気軽にビーチへ行く。東京から湘南の海へ行くのとは全然違う。例えるなら、渋谷から車で15分くらいの場所に鎌倉、逗子、茅ヶ崎のビーチが全部ある感じだ。だけどそれよりも、もっと気軽に海を楽しめる。行くのも帰るのも面倒じゃない。

初対面の人に会うと、

「サンディエゴにはいつまでいるんだ? ここは最高だろう?」

とよく言われる。
ぼくは

「ああ、最高だよ。2ヶ月間しか居られないのが残念だ」

と答えていたが、最近は少し違和感を抱くようになった。しかしその違和感は漠然としていて、うまく言葉で説明できずにいた。

サンディエゴで感じた
「違和感」の正体

海外で「暮らす」ことを本気で考えたときに気づいた、大切なこと。

先日、サンディエゴにあるUCSD(カリフォルニア大学サンディエゴ校)に留学する日本人学生、鈴木麻里さんと話していた。彼女はまだ21歳なのだが、とてもユニークだ。静岡県出身で、地元の高校を卒業したあと、日本の大学へは行かず、上海の大学に進学した。帰国子女だったわけでもないし、海外経験が豊富な家庭というわけでもない。

「高校生のときから、『ニューズウィーク』で海外のニュースを読むのが好きだったんです」

海外への憧れが、自然と育っていったそうだ。

英語圏以外の大学で、かつ、英語圏の留学生が多いところを探していたら、上海にある華東師範大学が見つかったそう。今は大学3年生で、1年間サンディエゴに留学している。過去には東京やニューヨークでのインターン経験もある。

「ニューヨークはとても刺激的でした」

ぼくもN.Y.に憧れがあるから、羨ましかった。上海の街の様子も聞いていて、とても刺激を受けた。しかし彼女曰く、東京やニューヨークや上海に比べると、サンディエゴは居心地が良すぎるらしい。最高の場所であることには間違いないが、スローな空気が流れているから、のんびりしてしまうと。

ぼくも漠然と同じことを感じていたので、鈴木さんの言葉を聞いて、ようやく自分の違和感が理解できた。

東京の満員電車は、もちろん好きではない。だけど、そこに生きる人々のスピード感やエネルギー、刺激の大きさは、割と自分の肌に合うらしい。のんびりするのは悪いことではないが、どうも動き回るのが好きな自分には、「サンディエゴの居心地の良さ」に、ときどきペースを狂わされてしまうことがある。

これは住んでみないとわからないことだったから、別に悪いことではない。むしろ、とても貴重な学びができたと思う。

あなたなら
どこに住んでみたいですか?

世界地図を眺めるといつも、日本の小ささ、世界の大きさを感じる。ぼくは、たまたま地球というフィールドの中の、日本という国に生まれたに過ぎない。もちろんこの国が大好きだが、ときどき「もし自分がアフリカに生まれていたら」「中国に生まれていたら」と想像することがある。

どんな人生になっていただろうか。住む土地は、自分にどんな影響を与えるのだろうか。きっと物事の考え方からして、日本に生まれるのとは全く変わっていたはずだ。試しに海外に住んでみて、そこに生きる人々と話したり、文化や習慣に触れたりすることで、より具体的な想像を働かせるのもいいだろう。ぼくがサンディエゴに来て初めて気付けたように、きっとそれぞれの人に何か発見があるに違いない。

さて、皆さんもぜひ考えてみてください。

あなただったら、海外のどの街に住みたいですか?
そしてそれは、なぜですか?

考えてみるだけでも、自分の価値観に気付くヒントになるかもしれません。

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