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Ryotaro Muramatsu 「TOKYO ART CITY by NAKED 」Interview

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プロジェクションマッピングなどのデジタルアートを核とするクリエイティヴカンパニーは数多くあるが、NAKEDは中でも一風変わった特色を持っている。最先端のテクノロジーは彼らにとってあくまでツールであり、それらを用いながら、いかに感情を揺さぶる“体験”を与えるかをとことん重視しているのだ。伝説となった東京駅でのプロジェクションマッピング、十万人という来場者を集めるエキシビション「FLOWERS by NAKED」、それらを生み出したNAKEDの代表である村松亮太郎に、創作姿勢やデジタルとの距離、そして6月に東京ドームシティ Gallery AaMoにて開催される東京を題材とした巨大エキシビション「TOKYO ART CITY by NAKED」について話を聞いた。

——NAKEDはテクノロジーアートが主軸ですが、同時に花や水族館それこそ夜空にいたるまでの自然の素材を多く扱っている印象があります。デジタルと自然とを活かし合い、共生させるというヴィジョンがあるのでしょうか。

村松「自然との共生というテーマを持っているわけではないのですが、自ずとそういうものが多くなっていますね。それには僕個人の感覚が大きく影響していると思います。僕は様々なことをやっていますが、元を辿ると役者であり、映画監督であり、脚本も書いていた人間なんです。役者は身体ひとつですし、監督は脚本を書いて実写で撮るわけですよね。そういった意味では、全くテクノロジーではないものが一番根っこにある。
会社を始めた動機も、デジタルテクノロジーに注目したわけではなく、映画を撮りたかっただけなんです。僕が20代の頃はトレンディドラマの全盛期で、『ゴッドファーザー』を観て育ったような人間が役者として望むような舞台を与えられそうにもなかった(笑)。役者として発想やイメージはあるものの、演じる舞台や発表する手段を持っていなかったわけです。では自分でどうにかするしかないなとNAKEDを始めたのが1997年、コンピュータを扱い始めたのはその翌年です。役者時代に、兄がMacのフォトショップとイラストレーターの使い方を教えてくれたのですが、アメリカではコンピュータで映像がいじれるようになってきているらしいぞという情報が入ってきたことで俄然興味を持ちました。まだDTPの時代で、オフラインでの編集程度のものでしたが、これからオンラインになり、実際に情報を取り込んで処理ができるようになっていくだろうと。日本では事例がなかったので、我々の会社は結果的にパソコンで映像を作るほぼ第一世代になったのです。
アナログの時代に映画に必要な機材などを揃えるには3億かかると言われたのですが、当時で200万円くらいかけたら、デジタルビデオなどの機材を含め、映画を撮って編集作業ができる環境が作れた。映画作りにおいては、テクノロジーがなければできなかったし、その恩恵にめちゃくちゃ預かっているわけですが、根っこがデジタルドメインではないわけです。
だからテクノロジーが未来を作る、世界を変えるというような発想は元からなく、デジタルと自然の共生を夢見ているわけでもない。自然を含むリアルがベースで、それをデジタルで拡張させるという感覚に近いかもしれません」

——ああ、なるほど。

村松「東京タワーの作品も、夜景の新体験をやりたかっただけなんです。それと同じで、水族館をもっとおもしろい空間にできないかなという発想でナイトアクアリウムができた。僕は水族館という、水と生き物が在るあの空間が好きだったんですが、当時はファミリーイベントで楽しむもので終わっていたので、スポットが当たっていなかった側面をデジタルで拡張しただけ。あくまで水族館での体験がベースとなっているプロジェクトなのです」

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——デジタル黎明期ならば全能であるという発想になってもおかしくはないのに、あくまでツールとして捉えて傾倒しなかったのは興味深いです。

村松「世代的なものもあるのかな。デジタルとアナログの狭間の世代なので混在しているんです。レコードやカセットテープで育ちながらCDに切り替えた世代なので、どちらの良さも知っている。最近はレコードへの回帰が注目されていますが、あれも単純に音がいいからだと思うんです。MP3でも音の悪さが目立たないテクノ系が流行り、志向もそうなっていく流れもわかるけれど、良い音をちゃんと体験していればアコースティックを愛でることができる。
20年以上進化を続けていく中で、当たり前のように新しいテクノロジーを取り入れていき、ハコビションからモーションマッピング、プロジェクションマッピングへ移行し、いまではインタラクティヴのアートもやっている。映画をフルデジタルで作ったのもうちが最初だと思うし、東京駅のプロジェクションマッピングのインパクトが強かったので、世間的には『テクノロジーアートの人』となっていますが、それでも諸手をあげてデジタル万歳にならないというのは、やはり“体験”を重要視しているからだと思います。だからこそ活動がわかりにくいという部分もあるかと思いますが」

——というと?

村松「例えば、NAKEDでは3年前から飲食店(9STORIES http://www.nine-stories.jp)をやっているんです。そことは別にまた新しくオープンする「THREE by NAKED」という新しいライフスタイルを食を通して提案するプロジェクトもあり、本店ではごく限られた人に特別な体験をしていただくために準備を進めています。2時間でどういう体験を作れるのかということでは、映画も食も同じ。デジタルとアナログの境目もなく、映画やマッピング、空間演出というジャンルの境もない。“体験”を軸とすると、ボーダーレスになってしまう。日本一の星空を持つ阿智村を村の人と一緒にブランディングしていたりもするし、端から見ていたら、得体がしれないだろうと思います。始めたときからこの考えは変わってないんですが、カテゴライズできないし、前例がないというので起業時は苦労しました。99%の大人に否定されましたからね。ジャンルもツールも問わない状態でやっているので、でたらめにやっているようにも見えると思うんです。でも積み重なっていくと、なにかNAKEDっぽさや僕っぽさというものが出てくるはずで。売りやキャラクターを決めてやるほうが伝達スピードは速いと思うんですが、つまんないじゃないですか。そのままで向かっていって、結果として滲みでてきたものこそが個性だと思う。だからNAKEDという会社名にしているんです」

——剥き出し、裸で向かっているという。

村松「はい。ベースにあるものは変わらないし、そこは大切にしているけれど、ファッションが変わるように表層が変わる。でもそれでいいと思っています。変わっていかないと。
物理的にも常に細胞は入れ替わっているのだから、固定化した“自分らしさ”なんてあやしいものですよね。僕らがリアルと思っている物質世界自体が量子学的に見るとかなり危うい。全てが幻想とも、全てがリアルとも言える。どこからが作り出されていて、どこからが本物かという境目が曖昧な、有と無の間を常に彷徨いながら僕らは生きているというか」

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——わかります。私もSNSなども全てフェイクだと思っていて。その中で自分がなにをチョイスしてなにを信じるかというところだけの責任を持てばいいんじゃないかと思うんです。

村松「まさに。東京駅でのマッピングは、映像が始まったら非日常になり、映像が終わったら日常に戻るという、日常と非日常の間を行き交う夏の夜の夢の体験でした。いまでも感動したと言っていただくんですが、もはやあの映像はどこにも存在しておらず、その人の記憶の中にあるだけなんです。物事としては残ってないけれど、ハートにはタッチしている。そういう感動を作れるかが基準だし、それだけが信じられるものだと思って動いてます。
と同時に、自分とはなんだろうという問いもしている。ものを作って、それを人に晒してやっているなかで、誤解されることもあるけれど、それもまた自分の一面なのかもしれないし、否応無しに自分と向き合わされるわけです。ただものを作りたいだけだったら動画サイトにアップして完結ということにもできる。でもプロとして10万人、20万人の人に来てもらうとなったときには、コミュニケーションを意識せざるをえない。僕は社会不適格者なので、そうやっていくことでしかコミュニケーションをとれないのかなとか考えてしまいます(笑)」

——そうは見えませんが、社会不適格者なんですか?

村松「23歳くらいまで人と話せなかったですからね。人とほとんど会わずに家で年間千本以上映画を観る生活をしていました。小中学くらいまでは生徒会長をやるようなタイプだったんですが、突然冷めちゃったんですよ。バブルという時代においては、大人の言うことは全て当てにならないわけです。全員が同じ方向を見ているような社会をおぞましく感じて、高校生のときにアメリカに行って。そのまま学校なんてろくに行かずにキェルケゴールの『死に至る病』を読み出すわけです。暗いですよね(笑)。大人が教えてくれないから、映画や本になにか生き方を求めてたんだと思います。当時の日本は価値観が固定化していたから、そうじゃないものを求めて、あらゆる国のあらゆる映画を観るようになった。そのときに渇望した、いろんなものを知りたい、自分の目で見たい、自分で考えたいという想いは今も変わってないですね」

——なんというか、NAKEDのプロジェクトには、村松さんのパーソナリティが深く反映されているんだなというのがわかりました。めちゃくちゃおもしろいし、共感しかないです。

村松「それはよかったです(笑)」

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——ちなみにNAKEDは組織図がカラーホイールになっているそうですが、これも独特ですよね。

村松「各自がなんとなくの得意分野はあるけれど、ゾーンが曖昧でセクションをわけてないのが特徴だと思います。実際はこれがワークしていくのは難しいんですよね。この曖昧な中で自分の位置がどこで、自分がなにをすべきかを常に考え、周りも見ながらやらいないと機能しない。自立性と客観性、役割の意識が必要になる。仮にうちはクリエイティヴカンパニーなので、そういう部分を常に鍛えて、自分からボールを取りにいかないと置いていかれてしまうわけです」

——それも同じく、核はあるけれど、変容していくという考えなのかなと。「FLOWERS」でのインタラクティヴアートは本当に素晴らしいと思っていて。自分のアートにこだわっていたら到底できない。でもそれを飲み込んで昇華されていた。村松さんの姿勢があらわれていますよね。

村松「あれは実験だったと思います。個人の感覚としては、アートとはピカソやレンブラントなど、そういう次元のものを指すんです。インスタグラマーがファストファッションを着て『アート好き』と自分のプロフィールに書いているのは、僕にとっては矛盾がある。でもそれが現実なのだから受け入れたほうがいいなと。彼らは僕の作品を撮影し、加工してSNSにアップするわけですが、それは彼らにとっての“アート”であり、その定義は“自己表現”に限りなく近い。アートを自己表現とするならば、インスタグラマーの写真もアートかもしれないし、僕の作品もそうかもしれない、ピカソだってもちろんそう。そして実際に彼らの写真は上手いし、それならばと自分にとってのアートの定義を入れ替え、彼らがとった写真と呼応するインタラクティヴアートをやってみた。アートの民主主義化が進んだので呼応してみたのですが、そもそも(アンディ・)ウォーホルがコピーをアートと言い始めた時点でファインアートの定義はぶっ壊れているんですよね」

——「FLOWERS」では大量に生花を飾り、しかもスペースごとに香りも作られていました。デジタルだけでなく、ああして無駄に手がかかることをやらないと辿り着けない感情の領域があると思うんです。

村松「生花なんて非合理的だし、ビジネス的に考えても儲からないですよね(笑)。香りもアロマのデザイナーと一個一個全て一緒に作ってるんです。ここの空間はこうだからということを話して、『もう少しチクチクできる?』とかよくわからないことを言いながら作るのも楽しいですし、香りは目に見えないけれど体感できるものだから、確実に“体験”を高みに導いていくれると思います。そうやってその時々に自分が考えていることを顕して、お客さんの反応というフィードバックをもらって循環していく。その中で作品が結果として残っていくというシンプルなサイクルです」

——種まきですね。

村松「本当にそうなんです。1回目の『FLOWERS』でこだわったのは、お客さんに土を触ってもらうということ。土に種を植えるとデジタルアートの花が出るというのがやりたかった。それが次の会期では咲いていて、その花にまたアートをかける。この行為をちゃんと入れないと、デジタルのイベントで終わってしまって、花のイベントにならない。確かな感触と循環を体感してほしかったんです。でも土というのがいろんな都合でできなくて、ひよこ豆になったんです。ひよこ豆を入れるとアートが出るという(笑)」

——それでも充分に楽しいですし、種と一緒に感情や愛情が育っていくようです。6月の「TOKYO ART CITY」はどういうものになるのか、教えていただけますか。

村松「東京をそのままアートにします。ヒカリエで去年末にやったものが倍の広さで展開されるのですが、巨大な模型で作られた東京の中を歩けて、模型にプロジェクションマッピングがされているんです。その中で東京駅のマッピングも復活させているんですよ。デジタルで自由に絵が描けたり、スクランブル交差点での人類計測が反映されてアートになったりと、リアルな東京とリンクしているのが特徴です。都市にアートを入れるのではなく、都市とはそもそもアートであるというのがテーマ。
東京っぽさというのは、過去や現在も含めた人々の生活、ライフの集積ですよね。コンクリートの建物も近代の価値観が顕れとして出ているだけで、すべてはマクロとミクロの関係であり、東京っぽいファッションもひとりひとりの趣味志向が出ているだけ。それを可視化したらおもしろいかなと。
心にも身体に訴えるようなエモーショナルな体験を作るというNAKEDがやってきたことの権化みたいなものになると思います」

——権化があり、その先にNAKEDが向かう先はどこなんでしょうか。

村松「どこなんですかね(笑)。常にアンビバレントな世界の中で揺らいでいるわけですが、両端が離れているほどフィールドが広くて含まれるものが豊かになる。削ぐ格好よさもありますが、自分はまだ削いでもなにも残らないので含んでいく必要があると思っていて。だからその瞬間瞬間を感じて生めるものを生んでいくというシンプルな在り方で、まだまだジャンルレスに様々なことをやっていくと思います」

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TOKYO ART CITY by NAKED
2017年6月16日(金)—9月3日(日)
東京ドームシティ Gallery AaMo(東京都文京区行楽1-3-61 東京ドームシティ クリスタルアベニュー沿い)
11:00-18:00(6月16日—7月21日)
10:00-20:00(7月22日—9月3日)
*最終入場は閉館30分前
チケットなど詳細は下記URLまで。
http://tokyoartcity.tokyo
tel 03-5800-9999(東京ドームシティ わくわくダイヤル)

東京駅、展望台、水族館などで新しい体験を生み出し、通算150万人以上を動員してきたNAKEDの最新企画展のテーマは「TOKYO」。
東京のシンボルマーク、都内の地下をはり巡る地下鉄、スクランブル交差点、SNSでのコミュニケーション……、東京で生きる私たちのすべてが、ここでアート空間になる。実際に登れる高さ4.3メートルの東京タワーや、幅約6メートルの東京駅丸の内駅舎模型、頭上に浮かぶジャンボジェット機や渋谷のスクランブル交差点などの巨大模型をはじめとする約250もの模型で、東京都象徴する9スポットをコラージュ。渋谷エリアのビル群の壁には、指で自由に絵が描けるデジタルグラフィティ体験ができるほか、秋葉原エリアには会場でしか体験できないガチャガチャも登場。
見慣れた東京に新しい見方をもたらし、NAKEDの描く「今の東京」を最新テクノロジーで体感する空間が、あなたのクリエイティヴな好奇心を刺激する。東京駅、東京タワー、東京国立博物館……東京の名所をアートにしてきたクリエイティヴカンパニー、NAKEDが描く「TOKYO」がこの夏、東京ドームシティに登場する。

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村松亮太郎
NAKED代表。アーティスト。
TV/広告/MVなどジャンルを問わず活動。長編映画4作品を劇場公開、短編作品と合わせて国際映画祭で48ノミネート&受賞。主な作品に、東京駅の3Dプロジェクションマッピング『TOKYO HIKARI VISION』、東京国立博物館 特別展「京都-洛中洛外図と障壁画の美」プロジェクションマッピング『KARAKURI』。山下達郎30周年企画『クリスマス・イブ』MV&ショートフィルム&マッピングショー、星野リゾート リゾナーレ八ヶ岳『Gift -floating flow-』総合演出、『TOKYOガンダムプロジェクト2014ガンダムプロジェクションマッピング “Industrial Revolution”-to the future-』映像演出、auスマートパス presents 進撃の巨人プロジェクションマッピング「ATTACK ON THE REAL」演出、NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」タイトルバックなど。映像のみならず空間全体の演出を手がける。

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