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“お坊ちゃん”の僕には、ザンジバルで出会ったホームレスが自分より輝いて見えた

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“お坊ちゃん”の僕には、ザンジバルで出会ったホームレスが自分より輝いて見えた

この記事では、TABIPPOがつくりあげた最初の旅の本、『僕らの人生を変えた世界一周』のコンテンツをTABIPPO.netをご覧の皆様にもご紹介したいと考え、本誌に掲載している世界一周体験記を厳選して連載しています。

今回の主人公は、竹内秀晃さん(当時 21歳)です。

「世界一周」。それは、誰もが憧れる旅。でもその旅、夢で終わらせていいんですか?
人生最後の日のあなたが後悔するか、満足できるかどうかは今のあなたが踏み出す一歩で決まります。この特集では、そんな一歩を踏み出し、何も変わらない日常を生きることをやめて、世界中を旅することで人生が変わった15人の感動ストーリーを連載します。

 

\この記事は、書籍化もされています/

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・竹内秀晃(当時 22歳)/ 大学生 2009.9 〜 2010.3 / 181日間 /21ヵ国

・世界一周の旅ルート

インド→香港→マカオ→南アフリカ→ナミビア→ザンビア→タンザニア→ルワンダ→ウガンダ→ケニア→デンマーク→イギリス→エジプト→ヨルダン→スペイン→モロッコ→ベネズエラ→ブラジル→ペルー→チリ→オーストラリア

 

イイトコのボッチャンの世界一周

苦も労も知らぬ、イイトコのボッチャン。世界一周に行く前のボクをひと言で表すなら、こうなるだろう。裕福な家庭に生まれたボクは、何不自由なく、我慢のいらない生活を送ってきた。受験勉強も無縁。附属校という名の心地いいエスカレーター。

部活も習い事も食いつきはいいけど、まるで続かない飽き症。苦も労も知らぬボッチャンは、自由に、平凡に、流れに身を任せきった、ストレスフリーな 20 年間を生きていた。

 

そんなボッチャンは、ある日、ふと考えた。十分にネジの緩んだ人生ではあるが、まだまだ物足りぬ。もっともっと楽しいことがやりたいぞ、と。アレコレ頭の中を巡った結果、「世界一周」をひらめいた。

(ひとりで世界をさすらったら渋いなぁ、イケてる!)…んでも、世界一周にそんなカッコよさなど必要だろうか?考えた結果、トモダチを誘ってみることにした。だって、単純にみんなで行った方が楽しくなると思ったから。

 

友人A「ねぇ、世界一周しない?」「オッケー」
友人B「ねぇ、世界一周しない?」「就活が…」
「でも今しかないよ」「それもそうだね、行こう!」
友人C「ねぇ、世界一周しない?」「卒業が…」
「でも今しかないよ」「両親が…」
「じゃあ、いつ行くの?」「それもそうだな、行くか!」

いとも簡単に旅のお供は増え、4人での世界一周が決定した。

 

刺激という刺激が群れをなす

やれはじまった世界一周は、想像を越えるオモシロさだった。

見たこともない景色に「スゲーッ」って感嘆の声をあげて、
初めて食べる料理に「ウメーッ」って舌鼓を打って、
想像を絶する美女に「カワイーッ」って鼻の下を伸ばして、
肌の色も違う人々と「タノシーッ」って腹を抱えて笑い合う。

刺激という刺激が群れをなして、襲いかかってくる毎日。

 

幸せのバロメーターは吹っ切れた

絶対に行きたい場所をいくつか決めて、そこを基準に世界地図を半ば強引に線でつないで、気心知れた仲間と一緒に、それらの土地をブラブラする。

これぞいわゆる究極の遊び、喜楽の極み、毎日が修学旅行。こんなに笑ってバカにならないかって心配になるほどに、ボクの幸せのバロメーターは常に吹っ切れていた。

しかしながら、発展途上と言われる国々を歩いていると、否が応でもネガティブな要素が目に飛び込んでくる。

「貧困」。

 

「food…」ヨハネスブルグの郊外でボロ切れをまとった子どもたちにたかられ、なんだか気持ちが悲しくなった。
「money…」サンパウロのスラム街で、家も持たぬ路上生活者に手を伸ばされ、心が切なくなった。

 

話には聞いていた。テレビでも見た。本でも読んだ。でも、実際にこの目で見る「貧困」ってヤツは、正直応えた。

 

この子がボクで、ボクがこの子でもよかったじゃん。

片や、途上国の中でも、貧しい家族の一員として生を受け、どんなに頑張っても決して報われることのない人々。彼らの何が悪かったんだろうか?

片や、先進国の中でも、富める家族の一員として生を受け、望むものはだいたい何でも手に入る環境にある自分。ボクの何が良かったんだろうか?

 

行く先々の街で、自分と、目の前に広がる光景を比べた。
(結局、世の中お金じゃん。カネでシアワセ買えちゃうじゃん)
(貧すれば鈍する。カネがなきゃココロもすさむってか)
(オレがみんなから「優しい」とか「いいヤツ」って言われんのも、きっと余裕があるから。だから、優しくできるんだろーな。食うもんに困ったら、オレだって奪うに決まってる)
生まれの差、何でも叶うボクは、運が良かっただけじゃん。

 

今、目の前で、汚れたランニングシャツを身にまとい、花を片手にうるんだ目でボクを見上げている、この子がボクで、ボクがこの子でもよかったじゃん。

 

優しさのカケラもありゃしない

(せっかく楽しんでいるところに水を差すなよ)
そんなことも思った。なんてヒドいことを思うんだろうね?優しさのカケラもありゃしない。この期に及んで、そんなことを考える自分がイヤだった。

 

抱腹絶倒、楽しい日々とキライな自分

もっとも、そんな自己嫌悪に苛まれながらも仲間4人で過ごす旅路は抱腹絶倒の毎日だった。世界一周初日、降り立ったインドで4万円ほどの詐欺に遭う。悪質な高額ぼったくりツアーを組まされ、アンビリーバボー。

 

仲間の誕生日をロンドンのビッグベンでカウントダウン。極寒だったがオシャレでメモリアルな、ハッピーバースデー。ウガンダでは世界一長いナイル川の源流で川下りを体験。調子に乗ってボートが転覆、死ぬかと思ったラフティング。

悩みながら、相も変わらずメチャクチャ楽しんでた。そんな自分は、もっともっとイヤだった。そんなこんなでバスに揺られ、電車に揉まれ、タンザニアへ。

 

ザンジバルという離島で、のんびり過ごしていた時のこと。夜のビーチを散歩していたら、焚き火をしている陽気なホームレスに声を掛けられた。

 

男「ヘーイ、ジャパニーズ?ちょっと寄っていきなよー」
ボク「んー、でも、もう遅いし、宿に戻るとするよー」

身なりはボッロボロ、髪も見るからに不潔でボッサボサ。ちょっと怖かったから、そう言った。

男「寄ってったらいいのに。ポレポレ、ポレポレー」

 

恐る恐る、ホームレスの焚き火にお邪魔

結局、呼び止められて、恐る恐るお邪魔することに。(金目当てか?なんだ?…これはちょっとヤバイかも)気を紛らわすために話を振ってみた。

ボク「あったかいなぁ。ねーね、さっきから言ってるポレポレって、どういう意味なの?」
男「スワヒリ語でスローリーって意味だよ。ポレポレェー」

そういえば、お土産屋さんにも「POLEPOLE」と書かれたT シャツがたくさん並んでいた。せっかちな日本人には良い言葉だなぁ、なんて思った。

 

ホームレスなりの精一杯のおもてなし

「これ食べる?」
突然、カレは持っていたチャパティ(ナンみたいなもの)を半分ちぎってボクに渡してきた。ビックリした。

(え、マジで?なんで、どうして?だって、この人ホームレスだよ?)
(明日の食事もままならないでしょ?なのになんだって、たった一枚のチャパティをボクに分けられるのさ?)

 

衝撃的な出来事だった。「Give me」と言われ続けてきた旅だったけど、初めて、自分より物質的に貧しい人から何かをもらった。それは、ホームレスなりの精一杯のおもてなしだった。

彼からもらったチャパティは、世界で一番美味しいチャパティだった…なんて、ハッピーエンドは残念ながら訪れませんでした。無味だし、なんせ汚いし、ちょー硬いし、すっげーマズかった。

なんなら、どこかで拾ってきたモノかもしれない。申し訳ないけど、よくこんなん食えるなって思った。

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