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ライヴアクトとしての本領を発揮したJ・ガイルズ・バンドの傑作ライヴ盤『フル・ハウス』

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ブルースやR&Bといった黒人音楽に影響されつつも、骨太のロックフィールを感じさせてくれたJ・ガイルズ・バンド。今ではすっかり忘れられた存在になってしまっているが、こんなにゴキゲンなグループはなかなかいない。70年の『デビュー!(原題:The J. Geils Band)』から84年の『ヒップ・アート (原題:You’re Gettin’ Even While I’m Gettin’ Odd)』まで、グループとしては14枚のアルバムをリリースしてはいるものの、看板ヴォーカリストでありソングライターでもあったピーター・ウルフが83年に脱退しているため、実質上は82年にリリースされたライヴ盤『ショー・タイム!』までの13枚(ベスト盤は除く)となる。今回は彼らがもっとも光り輝いていた初期のライヴ盤『フル・ハウス(原題:“Live”- Full House)』(‘72)を紹介する。
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ブルースが中心だった70年代日本のロックシーン
今でも忘れられないが、1974年11月に『第1回ブルース・フェスティバル』が日本で開催された。ロバート・ジュニア・ロックウッド&エイシズ、スリーピー・ジョン・エスティス&ハミー・ニクソンら、本場のブルースマンが初来日するという記念すべきコンサートであった。

当時、僕は高校1年生で、友達とロックバンドを結成していた。その頃のロックファンの掟(大げさだけど…)として、まことしやかに語られていたのが、「ブルースを聴いてない奴にロックはできない」という台詞。これは恐るべき命題であったが、みんな確かにそう思っていたものだ。だから、バンドのレパートリーにはブルース曲を何曲か入れることで、ロックを演奏する証明書みたいなものをもらった気がしていた。

そんなこともあって、70年代前半は黒人のブルースはもちろん、白人の演奏するブルースロックも好まれていて、アメリカではポール・バタフィールド・ブルース・バンドやキャンド・ヒート、マイク・ブルームフィールドに人気が集まっていた。イギリスではブルース・ブレイカーズ、フリートウッド・マックをはじめ、サヴォイ・ブラウンとかチキン・シャックらの渋いブルースロッカーもいて、中学生や高校生が背伸びしつつ、そういうレコードを聴いていたのだから、日本中でブルースが聴かれていたのは間違いないだろう。だから、74年の時点でブルースフェスティバルが開催されたのだと思う。

ちょっとポップなブルースロック
そんな時に、友だちから「カッコ良いブルースロックがあるぞ!」と紹介されたのがJ・ガイルズ・バンドの『ブラッドショット』(‘73)というアルバム。で、このアルバムを借りて聴いてみると、ブルースはやっているものの明るいR&Bっぽい曲もやっていて、ストーンズみたいなバンドだなという印象であった。当時は本物のブルースを聴かなければいけない掟があったので、ロバート・ジョンソン、チャーリー・パットン、ブライド・ウィリー・ジョンソンなどのカントリーブルースや、マディ・ウォーターズ、リトル・ウォルター、ティーボーン・ウォーカーのようなシカゴブルースを毎日聴いていただけに、J・ガイルズ・バンドの音楽はやけに新鮮でまぶしかった。ちょっと大雑把なところもあるけど、楽しさに満ちたロックだった。

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