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【翻訳記事】アニメ入門講座:ツンデレキャラについて パート1 (その2)

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【翻訳記事】アニメ入門講座:ツンデレキャラについて パート1 (その2)

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アニメ作品におけるツンデレの存在はキャラクターの相関関係をより複雑にする

 

私はこの部を「ハーレム作品におけるツンデレの存在は主要男性キャラに深みを出す」という題にするつもりだったが、よく考えてみると、自分の主張をより一般的に適用できることに気づいた。人物関係、つまりある人物の他の人物に対する繋がりややり取りは、登場人物像の確立の最も重要な側面の一つである。暴走族と共に走り回っている人が、毎週土曜日に母親と昼食とティータイムを楽しんでいることを知れば、その人物についてかなり多くのことが分かるように。

したがって、変わっていてクセのある(つまりツンデレ)キャラクターを投入すると、面白くなる。この人物に対する他の人の反応を見るのが面白いだけでなく、従来の人物相関関係では表面化しない、登場人物についてのヒントが見れるかもしれないのだ。警務員と無実の死刑囚はどういう関係を持つだろうか?謙虚なクリスチャンと彼女のレズな娘はどういう関係を持つだろうか?地球最後の男と彼の唯一の動物の相棒はどういう関係を持つだろうか?(引き合いに出した映画3つを全て当てれば、ボーナスポイント。ヒント:全部2つ以上の答えがあるよ)

これは、ツンデレを用いたアニメの、私が肯定する数少ない側面である。キャラクターAは彼女のツンにどう反応するだろうか?キャラクターBは彼女を我慢できるほどの忍耐力と寛容さを持っているだろうか?キャラクターCは彼女のデレを見ることができるほど鋭い知覚を持っているだろうか?我々が人物関係により知るこれらは、全てツンデレキャラのみが提供できるのだ。

 

【翻訳記事】アニメ入門講座:ツンデレキャラについて パート1 (その2)

 

左から右へ:キャラクターC、キャラクターA、ツンデレ、キャラクターB。

 

キャラクターのツン/デレの二面性は対立を引き起こす便利なツールである

本筋に参加できるキャラクターよりいいものってなんだ?もちろん、本筋を作るキャラクターである。対立とは多くの面白い話の中心的な役割を果たし、対立を引き起こすことは話を進めるのに重要となる。良い物は何でもそうだが、良い対立もまた構想するのは難しい。例えば、ある男を殺人で罰すべきか、妻を守ろうとしていただけなので無罪にするか、決断を下す際の裁判官の内的葛藤はとても良い対立だが、りんごとオレンジのどちらを買うかをめぐっての二人の争いは、かなり悪質な対立である。

ツンデレキャラはツンとデレという基礎法則を中心に据えた人物であるため、自然と悪質な対立のホットスポットとなる。ツンを引き出し対立を起こし、これを解決するためにデレを引き出すのは、痛々しいほど作家達に多用されている。ツンデレキャラの素地がこのような展開を書くのを安易にしており、実際、この展開は単純で短絡的すぎてギャグマンガに相当するほどである。

ギャグコメディ作品にとても背の高いキャラクターが居れば、そのキャラクターの背がネタになるのは必須だ。同様に、話にツンデレ要素があれば、そのキャラクターのツン面によって悪質の対立が起こる。これは既知の事実であり、より文章力のある著者から変えていくべきことである。

【翻訳記事】アニメ入門講座:ツンデレキャラについて パート1 (その2)

 悪い対立はどれくらい「あちゃー見てらんねー」かの段階で示されるんや。こいつは「額に手形がつく」レベル。

 

ツンデレの性格はキャラクター背景の展開手段として用いることができる

話の登場人物が紹介されるうちに、彼らの過去や、昔の出来事が現在のキャラクターの形成にどのように影響したか等が視聴者に示されていく。逆に言えば、作者はキャラクターの背景を創り上げ、その次にこのキャラクターがどのように過去の時点から成長したかを考えださないといけない。

自分も物書きだから言うが、悲劇の過去を持つキャラクターを描写するのは難しい。実は、自分は昔のある時点で多大なる悲しみを経験したことがある、っていう知ったかぶりは第一に嘘であり、他の多くの作者についても同様だと言えるだろう。そこで、多くの作者は、次に良い選択肢を選ぶ。つまり、欠陥のあるキャラクターを作るのである。これは非常に単純な理論に基づいている。あるキャラクターが普通の人生を送っていてなければ、彼らはすなわち何らかの面で異常であるに違いない、というわけだ。とても良い例として『新世紀エヴァンゲリオン』が挙がる。これは、シンジ、アスカ、レイが、それぞれ、感情面での自信を欠如したキャラクター、感情面で不安定なキャラクター、感情的に超然としているキャラクターという欠陥を含有するキャラクターの典型例を示しているからだ。

(ちなみに、エヴァの場合、監督が自分の経験を参考にしたのかどうかは知らない。あしからず。)

ツンデレは「感情面で不安定」という分類にすっきり当てはまる元型である。実際、ツンデレという元型の起源はエヴァンゲリオンのアスカ・ラングレーだと主張する人も居るくらいだ。我々はそのキャラクターについて何か欠陥があることを認識し、論理的に考えて、問題の所在は、彼らのおかれた状況か、人間関係か、過去の出来事か、ということになる。

ゆえに、作者の資源的・時間的な節約になる近道、という考え方に回帰する。作者がオリジナルキャラクターを時間をかけてでっち上げずに済む、と言う意味での資源的節約で、視聴者がほぼ瞬時にそのキャラクターのツンデレ性は過去の何らかの出来事が引き起こしたとみなすため、これを示唆したり説明したりする時間を省ける、と言う意味での時間的節約なのである。

 

【翻訳記事】アニメ入門講座:ツンデレキャラについて パート1 (その2)

 

そして、キャラクターの背景なんて誰も気にしないアニメもある

 

ツン/デレの対比構図は人物像の展開を簡単に置き換える幻である

これが爆弾だ。このことを言うと不快に感じる作者が多く居るだろうが、これは事実であり、言っておかなければいけない事実だ。

ツンデレキャラクターの人物像は展開がはかられているように見えるが、実際は何も変化は起きてないため、実質的な展開は無いのである。

「ツンデレ」の語源はツンツン、デレデレという2つの形容詞である。ウィキペディア《訳注:英語版》はこれを「日本における人物像の展開プロセス」と記しているが、現実的にはこの定義はとても時代遅れである。

自分の論点についてさらに付け加えるには、まず「人物像の展開」が何を指すのか説明する必要がある。これは、とても簡単に言えば、ある登場人物がある出来事を経験し、それを受けて学習する、ということである。ある意味、人物像の展開とは、人間の精神構造を、そして我々が人としてどう新しい状況に対応するかを探っているようなものである。二つ例を挙げよう。

私がジョンと出会ったのは一ヶ月程前になるけど、出会った当時の彼はとても平凡だったわ。ビールを何杯か飲みつつ会話したところ、彼も私も釣りに興味が有ることを知ったの。この共通の趣味を通して彼とは友だちになった。何回も一緒にバーで飲んだわ。昨日、彼が私をバーベキューに誘ってくれたんだけど、彼が実は哲学の大学講師で、自由時間の多くをラテン語の勉強に費やしていることを教えてくれた。彼が教養ある人だと初めて知ったわ。

サラと俺は三ヶ月くらいデートしてた。彼女はワイルドなガールでよく外出し、夜遅くまでパーティーばっかりしてた。時々自分が置いてきぼりになっている気がしたよ。だから、彼女が俺を彼女の両親に紹介したいとのことで、昼食に誘ったときは、驚いたな。彼女の両親はとても古風で保守的だと聞いていたので、どうなるか検討がつかず、ちょっと懸念があったんだ。サラが、両親の前ではとても落ち着いた態度で振舞って、礼節をわきまえたレディーらしさを出したので、本当に面食らったよ。まるで別人のようだった。

これらの例を読んでいるうちに、「待てよ、なんかおかしいぞ…」と思えたならおめでとう。まったくもってその通り、上記の例はいずれも人物像の展開の例ではない。間違いに気づかなかった場合、次に記する部分をよく読んでおくことを強く勧める。今私がでっち上げたこれらの例は、人物像の展開が行われていると思わせる、典型例なのである。では、本物の展開を含むように、書きなおしてみよう。

私が去年ジョンと出会った時、彼はとても平凡だったわ。テレビと週末の釣りが趣味で、人生に満足してた。でも、我々みんな同様に、彼もまた中年の危機に至ってて、今まで通りに人生を過ごすべきか悩んでたの。先週彼の家に行ったら、嬉しいことに彼はまだ元気だった。彼は、趣味としてセミプロレベルでのポーカーを始めて、新たな達成感を手に入れることができたんだって。

サラは昔から、彼女の無頓着な性格を良かれと思わない両親と仲が悪かったんだ。でも、大学を出て職に就くことが、彼女を大きく成長させた。まだ遊びに出たりはっちゃけたりするのは好きだけど、妥協ってやつを習得して、親の前ではもっと落ち着いた、ちゃんとした態度で振る舞うようになった。毎週両親の家へ昼食を食べに行くし、どうやら仲直りしたみたいだよ。

あらゆる良いストーリーに良い人物像の展開はつきものである。これは、「物書き入門講座」の第一レッスンで教えてくれることだ。厄介なことに、あらゆる基礎的なもの同様、これには近道が存在する。なぜ上の悪例が人物像の展開かのように思えたかというと、同じ流れに添っているからである。本物の人物像の展開では、次の様になるだろう。1.登場人物が紹介される。2.その人物が脈絡化される。3.その人物を変容させる事件が発生する。問題は#3だ。私の最初の方の例では、キャラクターが変化するのではなく、我々のキャラクターに対する見方が変化するのである。ジョンは前から教養のある大学講師だったのであって、私が最初は彼のその側面を知らず、後にその情報を得たというのは、人物像の展開ではなく、人物像の確立なのである。

これって今時の「ツンデレ」にかなり似てないかい?当初は「ツンツン」している女の子が、男性主人公が近づくにつれ、「デレデレ」でもあることが発覚する。ツンデレという元型の根底にあるこの対比的な構図が、人物像の展開に見せかけることを安易にしているのだ。作者は、単純に、「デレ」面を抑制し、話が進むにつれてゆっくりと明かせさえすればいい。ゆえに、作者が実質的な人物像の展開を入れる必要はほとんど無く、したがってツンデレという疫病が蔓延っている現状がある。

短くまとめろって?人物像の展開を偽造するのは簡単であり、良質で実質的な人物像の展開を書くのは難しい。だから、ツンデレが理にかなった選択になる。

繰り返し言うが、これは作者の怠慢の結果だとは思わない。ツンデレの人物像の展開が十分になされないのは症状であり、根底にある原因は遥か遠くにある。前にウィキペディアの定義が現状に即してないって書いたじゃん?あれは不正確なのではなくて、時代遅れなのだ。なぜなら、当初のツンデレとは人物像の展開の一つの形態であったからだ。これは、新世紀エヴァンゲリオンが出た頃のアスカ・ラングレー、ツンデレという言葉が存在しなかったずーっと昔の頃のことである。この頃のキャラクターは皆「ツン」であり、実質的な展開を通して「デレ」に傾き始めた。当時のツンデレ式人物像展開は輝いていたのだ。そして、あまりにも素晴しかったため、多くの作者がこれを真似し出し、私が言う今日のツンデレを生んだのである。そして、問題はここから始まった。

本来のツンデレと今日のツンデレの違いは、前者が人物像の展開プロセスを指すのに対し、後者(我々がよく知っている「ツンデレ」もこちら)はキャラクターを形容するのに使われる、ということである。作者達は時流に乗ろうとするあまり、はなから「ツン」かつ「デレ」である登場人物を創り上げてしまった。これは、「やあ、俺のアニメを見てくれ!ツンデレキャラがいるだろ、ほらね!」と宣伝するためである。そのキャラクターは実際にデレ要素を発展させる余裕が無く、純粋にツンツンしているキャラクターに比べると、かなり大きな弊害を持つことになる。これが本来のツンデレと今日のツンデレとの相違点であり、今日のツンデレが本質的に劣っている理由である。

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※この記事はGAGAZINEさんよりご寄稿いただいたものです

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