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一篇ごとに工夫を凝らす名手ケン・リュウ

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一篇ごとに工夫を凝らす名手ケン・リュウ

 ケン・リュウは小説が上手いなあ。物語が面白いというだけではなく、小説が上手い。小説は一様ではなく、物語の起伏で読ませる小説もあり、アイデアのインパクトで読ませる小説もあり、情緒の奥行きで読ませる小説もあり、描写の精彩で読ませる小説もある。ケン・リュウはその作品ごとに、どう書けば効果的かを見抜いて、すっと狙いを定めてくる。狙いの先にあるのは、もちろん読者だ。読者の印象に刻む小説。

 そのケン・リュウの最大の理解者(日本における伴走者あるいは伴奏者)は、いうまでもない翻訳家の古沢嘉通さんだ。『母の記憶に』は、日本版オリジナル編集によるケン・リュウ短篇集の二冊目。SFを知りつくしている目利きの古沢さんが、日本の読者に合うようにブレンディングした一冊である。ちなみに邦訳短篇集一冊の『紙の動物園』は、タイミング良く文庫化されたばかり。文庫版は二分冊で、それぞれ『紙の動物園』『もののあはれ』の題名だ。

 さて、『母の記憶』の「訳者あとがき」によれば、〔単行本としては本邦初紹介であることから、取っつきやすさを重視して、短めの作品を集めた第一弾と異なり、四百字詰め原稿用紙換算で二百枚近い「万味調和」を筆頭に、長めの作品を多く選んだ〕うえに、〔著者からさらに二篇の推薦作を提案され、それを含めた収録作十六篇〕としたという。

 その最長の「万味調和」は、十九世紀後半のアイダホで、中国人移民がもともとの住民たちと摩擦を起こしながらも溶けこんでいく過程を描く。ケン・リュウの名声を一躍高めた「紙の動物園」に通じるテーマを、地域コミュニティ全体の視野で語り直した物語ともいえよう。作中で中国人の老人がアメリカの少年たちを、関羽—-『三国志演義』の登場人物—-の物語で魅了するのだが、その物語が作品全体と呼応して、テーマを立体的に浮きあがらせる。この構成がみごとだ。また、古沢さんが「訳者あとがき」で指摘されているように、ケン・リュウの長篇『蒲公英(ダンデライオン)王朝記』(→2016年5月書評)へとつながる表現スタイルの萌芽が感じられる。

 いっぽう、巻末におかれた「『輸送年報』より「長距離貨物輸送飛行船」(〈パシフィック・マンスリー〉誌二〇〇九年五月号掲載)」は、化石燃料を使う飛行機が廃され、飛行船が輸送の主流となった「もうひとつの世界」で、ジャーナリストが大陸間横断輸送船に乗りこんでレポートする。ただそれだけの話なのに、読者をぐいぐい引きつける。十九世紀の読者がジュール・ヴェルヌの《驚異の旅行記》を読んだときの昂奮は、こういう感じだったんじゃないだろうか。

 この飛行船には船体に竜の姿が描かれている。アメリカから中国へ向かう途中で、雷をともなった嵐に遭遇するのだが、それを切りぬける場面のスペクタクルが迫真的だ。

 事態が収まったあと、飛行船を操縦していた中国人女性・葉玲がこういう。「彼女[飛行船]は最後のあの瞬間にあの稲妻を避け、嵐のなかにすり抜けられる穴を自分で見つけたんです。鋭い目で、出発するまえに左目を塗り直すのは良い考えだとわかっていました。空を見つめる目のほうをね」

 さらに葉玲は「嵐のなかで、彼女は自分を軽くするために、鱗を落としました」とつづける。この言葉を聞き、語り手のジャーナリストは、船体に鱗の描線を思う。そこに貼りついた氷が、大きな塊になって海へ落ちていく光景。ケン・リュウが仕かける、さりげない、しかし鮮やかな詩情だ。

 こんなふうにいちいちコメントしていくとキリがない。しかし、一篇一篇がそれぞれ違った趣向と巧緻に富んでいるため、この作品についてもあの作品についても語りたくなる。まあ、ここでは書評担当としての分をわきまえて、のこりは読者のみなさんにお任せするとしよう。本書には、嬉しいボーナストラックとして、ケン・リュウとも交流があるSF作家、藤井太洋さんのエッセイ「どこにでもいるケン・リュウ」が収められている。藤井さんがとくに推すのは、凝縮度の高い「母の記憶に」と、現在SFが描くべきテーマを扱った「存在(プレゼンス)」と「ループのなかで」だ。藤井作品のファンにとっても、ケン・リュウの作品は重要な対照項として、興味深く読めることはまちがいない。

(牧眞司)

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